東日本大震災から15年…被災者が今伝えたいこと【徳島】
2011年3月11日に発生した東日本大震災から15年。震災の記憶が色褪せる中、被災者が未来へ伝えたい想いを、徳島県鳴門渦潮高校の生徒たちに語りかけました。四国放送の取材班は、震災からの復興が進む岩手県釜石市を訪れ、その現状と、被災者の強い思いを伝えました。
イラン情勢緊迫で原油価格が乱高下!3.11から考える日本のエネルギー政策
イラン情勢の緊迫化が、世界的な原油価格の乱高下を引き起こしています。東日本大震災から15年が経過した今、改めて日本のエネルギー政策を見直す必要性が浮き彫りになっています。この記事では、最新のイラン情勢、原油価格の変動、そして今後の日本のエネルギー政策について、わかりやすく解説します。
たった一人を残さず…亡き6歳娘を励まし続けた母の願い、防災絵本に込めた15年の想い
2011年3月11日に発生した東日本大震災から15年。宮城県石巻市の佐藤美香さんは、震災で当時6歳だった娘・愛梨さんを失いました。悲しみを乗り越え、「子どもたちの命を守りたい」という強い思いから、防災絵本『2人の天使にあったボク』を制作。愛梨さんの記憶を“生かし続け”たいと、語り部として活動しながら、震災の教訓を伝えています。
未来の命を守る企画展が陸前高田の津波伝承館で開催!震災の教訓を次世代へ
東日本大震災から15年。岩手県陸前高田市の東日本大震災津波伝承館で、震災の教訓を未来へ伝えるための新たな企画展が始まりました。復興教育の取り組みを振り返り、防災意識を高めるきっかけとなる展示です。
心を殺してシャッターを切った写真屋さんの15年…震災の記憶を未来へ伝える葛藤と決意
2011年3月11日に発生した東日本大震災から15年。あの日の衝撃的な光景を、葛藤しながらもカメラに収め続けた宮城・南三陸町の写真屋、佐藤信一さん(佐良スタジオ2代目)の姿に迫ります。震災から15年、佐藤さんが「撮り続けて良かった」と思えるようになった背景には、深い心の葛藤と、写真の力を信じる強い思いがありました。
能登地震で露呈した“排泄問題”:震災から15年、教訓は活かされたのか?
2024年の能登半島地震で、避難生活で最も困ったこととして「トイレ」を挙げた人が69.8%に上ることが、日本トイレ研究所の調査で明らかになりました。食事や睡眠への不満を大きく上回るこの結果は、東日本大震災から15年経った今も、震災時のトイレ問題が根本的に解決されていないことを示唆しています。
東日本大震災15年:教訓を事前防災に生かせ–次の災害に備えるために私たちができること
2011年3月11日に発生した東日本大震災から15年。宮城県石巻市立大川小に残された3つの掛け時計は、午後3時37分前後で止まり、津波に飲み込まれた時刻を物語っています。この震災で74人の児童と10人の教職員が犠牲となり、その多くが津波によるものでした。この悲劇を繰り返さないために、私たちは何をすべきでしょうか?
東日本大震災15年:阪神淡路大震災の教訓は生かされた?カメラマンが見た被災地の15年
2011年3月11日に発生した東日本大震災から15年が近づき、被災地の復興は今も続いています。岩手県大船渡市在住のカメラマン、花崎和彦さんは、震災直後から復興の様子を記録し続けてきました。今回は、ラジオ関西の取材に応じた花崎さんのインタビューを基に、阪神・淡路大震災の教訓が東日本大震災の被災地でどのように生かされたのか、そして復興の道のりで何が残されたのかをレポートします。
阪神・淡路大震災から31年…「つむぐ」記憶と教訓を未来へ 神戸で追悼式典
1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から、本日で31年となりました。神戸市では、犠牲者を追悼し、震災の教訓を後世に伝えるための追悼行事が執り行われました。多くの人々が会場を訪れ、犠牲者への黙祷を捧げました。
阪神・淡路大震災から31年…東日本大震災被災地でも追悼の祈り、復興への思いを胸に
1月17日は、阪神・淡路大震災発生から31年を迎えた日です。この日、東日本大震災の被災地である陸前高田市では、犠牲者を追悼し、復興への願いを込めた祈りが捧げられました。