原田眞人監督、76歳で逝去「クライマーズ・ハイ」「燃えよ剣」など数々の名作を手掛けた映画監督
映画界に大きな衝撃が走りました。原田眞人監督が12月8日、76歳の年齢で逝去されました。静岡県沼津市出身の原田監督は、その独特な世界観と卓越した演出で、多くの映画ファンを魅了してきました。
映画監督としての道のり
幼少期から映画を愛し、高校生の頃から映画監督を夢見た原田監督。1972年には語学留学で渡英し、映画評論家としてデビュー。翌年にはアメリカ・ロサンゼルスを拠点に活動を開始しました。そして1979年、「さらば映画の友よインディアンサマー」で映画監督デビューを果たします。
国内外で評価された作品群
「KAMIKAZETAXI」(94年)は国内外で高い評価を受け、「わが母の記」(12年)ではモントリオール世界映画祭の審査員特別グランプリを受賞するなど、その才能を世界に示してきました。「金融腐蝕列島・呪縛」(99年)、「狗神(イヌガミ)」(2001年)、「突入せよ!『あさま山荘』事件」(02年)、「クライマーズ・ハイ」(08年)、「関ケ原」(17年)、「検察側の罪人」(18年)、「燃えよ剣」(21年)、「ヘルドッグス」(22年)、そして最新作「BADLANDSバッド・ランズ」(23年)など、数々の話題作を世に送り出しました。
俳優としても活躍、海外作品への貢献も
「ラスト・サムライ」(03年)や「SPIRIT」(06年)に出演するなど、俳優としても活躍。また、海外作品の日本語字幕や、「スター・ウォーズ」シリーズの吹き替え演出にも携わるなど、映画界に多大な貢献をしました。
原田眞人監督の遺志は、これからも多くの作品を通して受け継がれていくことでしょう。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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