『千と千尋』あの両親は“毒親”?映画に込められた「リアル」な親の姿とは
公開から20年以上経った今も話題が尽きない、スタジオジブリの不朽の名作『千と千尋の神隠し』。その中でも、主人公・千尋の両親の行動が「冷たい」「非常識」と批判されることがあります。本当に彼らは“毒親”なのでしょうか?今回は、映画に込められた親のあり方について深掘りします。
映画冒頭から問題視された両親の行動
映画の冒頭、父親の運転は荒く、不安がる千尋を気にも留めません。トンネルを抜けた後も、千尋を置いて勝手に無人の食堂で食事を始め、千尋の制止も聞こうとしません。母親も「車で待っていなさい」と千尋を突き放し、娘の不安に寄り添う様子は一切見られません。「しっかりしなさいよ」という母親の言葉は、視聴者に冷たい印象を与えました。
「理想の親」ではない、リアルな夫婦像
作画監督を務めた安藤雅司さんは、千尋の両親について「宮崎さんの作品に出てくる典型的なお父さん、お母さんではなくしたかった」と語っています。つまり、となりのトトロや魔女の宅急便に登場するような、理想的な親とは異なる存在として描かれているのです。
父親は娘を溺愛しつつも無神経、母親はクールで自立した女性として描かれています。母親の声優を務めた沢口靖子さんは、彼女たちを「旦那さまとまだまだ恋人気分を味わっている女性」と分析しています。彼らは子供中心ではなく、自分たちの生活や関係性を大切にする、現代的な夫婦像として描かれていると言えるでしょう。
千尋の成長に不可欠な「頼れない親」
千尋の両親が“頼れない”からこそ、彼女は湯屋で一人きりになり、自分の力で生き抜く方法を学んでいきます。もし両親が理想的な親だったら、千尋はあそこまで自立できたでしょうか。親が頼りないという状況が、千尋の成長物語を加速させたと言えるでしょう。
『千と千尋の神隠し』は、単なるファンタジー作品ではなく、親と子供の関係、そして子供の成長について深く考えさせられる作品です。両親の行動は批判されることもありますが、それはリアルな親の姿を描くことで、物語に深みを与えているからこそと言えるでしょう。
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