武藤敬司が語る「棚橋弘至」人気秘話!「ハメ浩」時代の苦悩と、スターへの進化の裏側
2026年1月4日に東京ドームで引退する棚橋弘至選手。そのニュースを受けて、師匠である武藤敬司選手が、棚橋選手への思いを語りました。双葉社の新刊『逆説のプロレスvol.26』から一部抜粋し、その内容をレポートします。
「ハメ浩」からスターへ…武藤敬司が振り返る棚橋弘至の原点
新日本プロレス入門前、棚橋弘至選手は武藤敬司選手を憧れの存在としていました。新人時代には武藤選手の付き人を務め、スターとしての振る舞いを学んだと言います。2002年の武藤選手の全日本プロレス移籍時にも、棚橋選手も誘われるほどの親密な関係でした。
武藤選手は、棚橋選手の引退発表を聞き、「まだ50前でしょ?」と驚きを隠しませんでした。そして、棚橋選手のスタイルについて、「きらびやかなチャラチャラしたのが売りで、飛んだり跳ねたりするスタイルだからさ、そのまま続けるのはキツかったのかもしれない」と分析しました。
「俺みたいにハゲていけばよかった」武藤敬司の意外なアドバイス
武藤選手は自身の進化について、「技も見かけも年相応のものに変えていった」と語り、棚橋弘至選手にも「俺みたいにハゲていけばよかったんだよ(笑)。エクステも着けられないぐらいにハゲていけば、必然的にスタイルも変わっていったかもしれねえよな」と、意外なアドバイスを送りました。
棚橋弘至選手が「ハメ浩」と呼ばれていた時代を振り返り、武藤選手は「髪の毛さえ薄くなっていれば、チャラ男から強制的にキャラ変した大人の棚橋弘至が見られたかもしれない」と冗談めかして語りました。しかし、その一方で、「逆に言うとあのスタイルのままで、よく50歳近くまで頑張ったなっていう気もする」と、棚橋弘至選手の努力を称賛しました。
武藤敬司選手は、棚橋弘至選手が「チャラ男」のイメージを保ち続けたことの苦労を理解しつつ、自身の経験から、変化の必要性を示唆しました。棚橋弘至選手の引退を目前に控え、師弟の絆とプロレスへの情熱が感じられるエピソードです。
コメント一覧
まだコメントはありません。
← トップに戻る