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AKB48、20年の軌跡を初代総監督・高橋みなみが語る!奇跡の7人から日産スタジアム7万人の大歓声へ

投稿日:2026年01月05日

2023年12月に20周年を迎えた国民的アイドルグループAKB48。昨年紅白歌合戦にも出場し、その輝かしい歴史を改めて振り返らせる中で、初代総監督を務めた高橋みなみさん(34歳)が、グループの20年間の道のりを「奇跡のような青春」と語りました。

アキバの小さな劇場から始まった奇跡

2005年12月8日、秋葉原のドン・キホーテ秋葉原ビル8階にAKB48劇場が開場。その初日公演の観客数はわずか7人でした。高橋みなみさんは当時14歳で1期生としてグループに加入。「幕が開いた瞬間、お客さんが7人だけ。『これは無理だ。私たち、やっていけない』と絶望しました」と、苦しいスタート時の心境を明かします。

しかし、総合プロデューサーの秋元康さんは「君たちはどんどん売れていくし、いろんなステージに立てるようになる」と励ましました。高橋みなみさんは当初半信半疑だったものの、地道な劇場公演や路上でのビラ配りを通して、少しずつファンを増やしていきます。

転換期となった「会いたかった」と「大声ダイヤモンド」

2006年のメジャーデビュー曲「会いたかった」をリリースし、秋葉原のオタク文化を象徴する存在として注目を集めます。2007年には念願の紅白歌合戦に初出場を果たしましたが、まだローカルアイドルという扱いでした。

2008年のレコード会社移籍とシングル「大声ダイヤモンド」のリリースを機に、状況は大きく変化。「同世代の女性ファンがイベントに来てくれるようになって、少しずつ流れが変わってきた」と振り返ります。そして、2009年の「RIVER」で初めてオリコン週間シングルチャート1位を獲得し、アキバ枠からの脱却を果たすことになります。

記録的な成功と、その裏にあった努力

2011年には「フライングゲット」で日本レコード大賞を受賞。秋元康さんが長年手がけてきた中で、自身が初めて受賞するレコード大賞だったこともあり、高橋みなみさんは「恩返しの意味を込めて受賞したかった」と喜びを語ります。翌2012年も「真夏のSoundsgood!」で大賞を受賞し、女性グループ初の連覇を達成しました。

しかし、その成功の裏には想像を絶する努力がありました。「テレビをつけたら毎日、AKBメンバーが出ている」と言われたほどの人気絶頂期は、朝早くからのスタジオ入り、夜遅くまで続くMV撮影やCM撮影の連続。「働き方改革という言葉もなかった。置かれた環境を考えたり、先を見る余裕もないくらい、怒濤の日々でした」と語ります。

日産スタジアム7万人、そして紅白への凱旋

2013年には、デビューから8年後の日産スタジアムで7万人を収容した第5回選抜総選挙を開催。2023年の紅白歌合戦では、OGと現役メンバーが共に「フライングゲット」「ヘビーローテーション」「恋するフォーチュンクッキー」「会いたかった」のメドレーを披露し、喝采を浴びました。

高橋みなみさんは、AKB48の成功の秘訣を「観客との距離の近さ」と分析。「どんなにメディアでの露出が増えても、ホームであるAKB劇場で公演を行って鍛えられた」と語ります。また、握手会や総選挙を通してファンとの交流を深め、彼らの声に耳を傾けることで、グループを成長させてきたと振り返ります。

現在は、後輩たちの活躍を優しく見守りながら、AKB48が再び東京ドーム公演を実現することを願っています。高橋みなみさんの「奇跡のような青春」は、これからもAKB48の歴史の中で輝き続けるでしょう。

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