ウマ年・柴田善臣騎手、JRA史上初の“還暦ジョッキー”へ!60歳も走り続ける情熱を新春インタビュー
2026年は午(うま)年。7月30日に60歳の誕生日を迎える柴田善臣騎手(美浦・フリー)が、JRA競馬界に新たな歴史を刻みます。デビューから現在までの歩みを振り返り、現役ジョッキーとしての今後の展望を語った新春特別インタビューをお届けします。
60歳という年齢について
「30代の頃は60歳は老人だと思っていたからね(笑)。自分も馬から下りれば、そのように見られるのだろうけど。孫もいるしね。ただ、馬に乗っている時に年齢は感じないんです」と、年齢を重ねることについてユーモラスに語る柴田騎手。「たくさん騎乗していた時より落ちるところはあるけれど、自分の感覚としてはあまり変わりない。馬から下りればおじいちゃんですけどね」と、飾らない言葉で自身の状況を説明します。
若い頃は調教師への転身も考えていたそうですが、「好きな競馬で馬に乗っていた方がいいなと思った。調教師は馬だけを育てればいいというものではない。ジョッキーも育てなければいけないし、スタッフもきちんとした環境で働いてもらえるようにしなければならない。みんな家族がいるからね。責任は重大です。自分は気楽に楽しく馬に乗っていたかった。そういう道を選びました」と、現在のフリー騎手としての生き方を選んだ理由を明かしました。
馬への想いが深まるほどに
「この年齢になって、より馬を好きになったかもしれない」と語るのは、長年の経験から得られた変化です。「たくさんの馬に乗っていた時は忙しかったし、『勝たなければ、成績を残さなければ』、そんなことばかり考えていた。今はレースに乗る数は少なくなって、その分、時間はあるので1頭1頭にしっかり向き合えるようになった。それが楽しいです」と、馬との向き合い方の変化を語りました。
忘れられない名馬たち
これまでの騎乗馬の中で、特に思い出深いのはホクトヘリオス。「乗り難しい馬で、調教の前日は明日はどう乗ったらうまくいくのだろう、そのことばかり考えて憂鬱(ゆううつ)になりました」と振り返りながらも、「ホクトヘリオスには競馬を教えてもらいました。レースでは『黙って背中に乗っていろよ、最後はちゃんと走るから』って。そんな馬の気持ちも分かったし、冷静にレースの全体を見られるようになりました」と、感謝の思いを伝えます。また、クシロキング(86年天皇賞・春を制覇)についても、「いい馬の背中を知ったし、貴重な経験をさせてもらいました」と語りました。
復帰への道のりと今後の目標
先日、左肩腱板断裂による長期休養から復帰した柴田騎手。「手術して2カ月くらいで装具が外れて、手を上げようとしたら腕が全然上がらなかった。エッ、と思った。現役を続けるのは無理だと思った」と、引退も考えた時期があったことを告白。しかし、周囲のサポートを受け、リハビリに励み、見事に復活を遂げました。
今後の目標は「とりあえず60歳を迎えること。7月が誕生日だけど、迎えられるかな(笑)」と、相変わらずユーモアを交えて語ります。「自分よりも周りが意識しているよ。『60歳を過ぎて勝ったら赤いちゃんちゃんこを用意しますよ』ってね。ひどいよね。みんなにいじられていますよ(笑)」と、周囲からの期待とプレッシャーを明かしました。「気持ちはあっても、体が思い通りに動かなくなったら考えなければいけない。その手前で辞めたい。自分で納得できないし、そうなったらすぐに辞めますよ」と、自身の限界を見極めながら、これからも競馬界に貢献していく決意を語りました。
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