TBS小倉弘子アナ、OBの叱責から「看板」へ…お調子者だった大学生が覚醒した道のり
27年間TBSで活躍した小倉弘子アナウンサー(51歳)が、2024年末にフリー転身から1年を迎えました。今回は、彼女がアナウンサーという職業と向き合い、成長を遂げた軌跡に迫ります。
「ただテレビに出たいだけ」で始めたアナウンサーへの道
小倉さんがアナウンサーを目指し始めたのは、大学生になってからでした。もともとは、フジテレビのバラエティ番組『俺たちひょうきん族』を観て「アナウンサーっていろんなことができるんだな」と漠然とした憧れを抱いていたものの、「警察官になりたい」「地元の江東区の職員になりたい」など、他の道も考えていたそうです。
就職課のポスターを見てアナウンススクールに通い始めた当初は、「アルバイトの延長みたいな軽い感覚」だったと振り返ります。フリートークの授業で自由に話したことをきっかけに、講師から「面白いから、そういうアナウンサーがいてもいい」と褒められ、自信をつけたものの…
TBSOBからの厳しい一言で覚醒
「TBSのOBの方に鼻っ柱を折られてしまった」という小倉さん。「今のあなたでは合格はできません」ときっぱりと言われたそうです。「ただテレビに出たい、目立ちたいだけならタレントさんを起用すればいいんだから」という言葉は、小倉さんの心に深く突き刺さりました。
「だったら本気でアナウンサーを目指してやる」と決意した小倉さんは、翌日から新聞を読み比べ、ラジオの番組を聴き、猛勉強をスタート。日本テレビ、フジテレビ、TBSと試験を受けました。
TBS内定の理由と入社後の心境
フジテレビは途中で落ちてしまい、TBSから先に内定を得たため、TBSへの道を選びました。入社後、「最初にOBの方に怒られてよかった」と実感したそうです。アナウンサーはタレントではなく会社員であり、スタッフと協力して仕事を進める必要があることを理解できたからでした。
小倉さんの「覚醒」のきっかけとなったOBからの厳しい言葉。そこから彼女がどのように成長し、TBSの「看板」を背負うアナウンサーになっていったのか、今後の記事でさらに詳しく掘り下げていきます。
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