元プロレスラー安田忠夫さん死去、62歳 藤波辰爾が偲ぶ「レスラーの枠にはまらない」破天荒な生き様
8日に元プロレスラーの安田忠夫さんが62歳で死去されました。新日本プロレスの藤波辰爾氏が、安田さんの突然の訃報を惜しみ、その人柄やプロレスラーとしての姿を語りました。
大相撲からプロレスへ、波乱万丈な人生
安田さんは、元々大相撲で孝乃富士のしこ名で活躍し、小結まで昇進しました。その後、プロレスの世界へ転向し、1994年に馳浩選手との試合でデビュー。藤波氏は、安田さんの闘いぶりを長年見守ってきました。
藤波氏は安田さんについて、「レスラーとしては体も大きく、新日本の中では目立つ存在だった。猪木さんが起用していたこともあった。選手の中でも、何かにつけて話題になる存在だった」と語り、その存在感の大きさを振り返りました。
破天荒な性格と孤独を抱えた素顔
安田さんは無類のバクチ好きで、「借金王」と呼ばれるほど型破りな人生を歩んできましたが、その人柄はどこか憎めない魅力がありました。藤波氏は、「相撲からプロレスに来て、破天荒というか、そういう姿しか頭に浮かんでこない。ただ、根はさみしがり屋。坂口征二さんに叱られていた」と、そのギャップのある一面を明かしました。
また、「レスラーとしての物差しでは測れない。本人も、レスラーという枠にはまることを好まなかった。我が道を行くタイプだった」と、安田さんの独自の生き方を語りました。
“世紀の番狂わせ”バンナ戦を振り返る
特に忘れられない試合として挙げたのは、2001年大みそかのジェロム・レ・バンナ選手との試合です。藤波氏は、「世間に対して一番、大手を振って勝ち名乗りを受けたのはバンナ戦でしょう。彼の人生の中で、あの時が一番華やかに見えた。猪木さんが、いろいろなチャンスを与えて日の当たる場所をつくってくれていた」と、“世紀の番狂わせ”となった試合を回想しました。
突然の訃報、娘の彩美さんもコメント
近年は警備員として働いていた安田さんですが、8日の出勤時には職場に姿を見せず、同僚が自宅を訪れたところ、室内で倒れているのが発見されました。娘の彩美さんは、「特に変わった様子はなかったです。いつも通りと言えば、いつも通り」と話しています。
安田忠夫さんの早すぎる死を、多くのプロレスファンが悼んでいます。
コメント一覧
まだコメントはありません。
← トップに戻る