相川七瀬×MAX対談!「TORATORATORA」が売れなければ沖縄行き?衝撃のデビュー当時を振り返る
当時のMAXは打ち上げの鬼?ライブ後の過激なルーティンとは
1995年のデビューから30年、いまなお第一線で輝き続ける相川七瀬さんとMAXが、「30年前といまで変わったこと」をテーマに熱い女子トークを繰り広げました。全盛期のMAXといえば、全国ツアー年間50本以上という驚異的なスケジュール。それにもかかわらず、メンバーはライブの興奮とアドレナリンで眠れず、「打ち上げ・カラオケ・クラブ」を朝まで繰り返すというハードな毎日を送っていたといいます。これにはソロで活動してきた相川さんも「嘘でしょ!」と驚愕。当時のMAXは体力も精神年齢も規格外だったようです。
「これが売れなければ沖縄に帰す」衝撃のデビュー秘話
今でこそ国民的ダンスグループですが、実はヒット曲『TORATORATORA』が出るまでは崖っぷちの状態だったと語ります。当時、事務所からは「これがヒットしなかったら沖縄に帰す」という厳しい宣告を受けていたそう。当時の4人はそれを冗談ではなく本気で受け止めており、まさに死に物狂いで掴んだヒットだったことが明かされました。その後もメンバーの出産や脱退など紆余曲折ありましたが、それぞれが自らの意思で戻り、再び4人で活動する今の姿には強い絆を感じさせます。
5人の合言葉は「真っ赤なスーツで還暦ライブ!」
対談の最後には、今後の展望についても語られました。メンバーの目標は、なんと「還暦までMAXを続けること」。全員で真っ赤なスーツを着て、伝説のヒット曲『GivemeaShake』を踊ることが、今の4人の揺るぎない合言葉になっています。苦楽を共にし、一度離れてもなお戻ってきた場所があるからこそ、彼女たちの絆はさらに深まっています。相川さんも「平社長に還暦ライブを見てもらって『お前たちも頑張ったな』と言ってもらえたら最高だよね」とエールを送り、対談は温かい雰囲気で締めくくられました。
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