元ブルー・コメッツ三原綱木さん死去、80歳 「ブルー・シャトウ」から紅白の顔まで日本の音楽界を支えた巨星
グループサウンズの伝説から紅白を支える指揮者へ
昭和の音楽シーンを彩った伝説のバンド、「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」のメンバーとして活躍した三原綱木さんが、11日に腎臓がんのため都内の病院で亡くなりました。80歳でした。所属事務所が15日に発表したもので、突然の訃報に多くのファンから悲しみの声が上がっています。
「ブルー・シャトウ」で一世を風靡した音楽人生
三原さんは1964年にブルー・コメッツに加入。1967年に大ヒットした「ブルー・シャトウ」で日本レコード大賞を受賞するなど、当時のグループサウンズ(GS)ブームを牽引しました。ザ・ビートルズの日本公演で前座を務めるなど、まさに日本のロック・ポップス界の黎明期を支えたアーティストの一人です。
30年間支えた紅白歌合戦での知られざるエピソード
その後、郷ひろみさんのバックバンドのリーダーや作曲家として幅広く活動し、1986年からは音楽番組の重鎮として活躍。特にNHK紅白歌合戦では、30年間にわたりバンドマスターと指揮を務めました。生前、インタビューで明かした北島三郎さんの「風雪ながれ旅」でのエピソードは今も語り草です。専属のバンドマスターが危篤だった北島さんの「テンポを落としてほしい」という願いに対し、番組進行の掟を破ってでも歌手の心に寄り添った指揮は、三原さんの音楽に対する深い愛情を感じさせる逸話です。
「生演奏の良さを感じてほしい」最後の願い
近年、音楽番組での生演奏が減少していく現状に対し、三原さんは「寂しいですよ。生演奏の妙味をぜひ感じてほしい」と語っていました。確かな技術と経験、そして何よりも歌手を最大限に輝かせることを第一に考えていた三原さんの姿勢は、今の世代にも語り継がれるべきプロフェッショナルの姿です。ご冥福をお祈りいたします。