【沖縄慰霊の日】平和の礎に祈りを 次世代へ語り継ぐ「戦争の悲劇」
沖縄戦から79年、平和を願う祈りが平和祈念公園に広がる
6月23日、沖縄県は「慰霊の日」を迎えました。79年前のこの日、沖縄戦の組織的な戦闘が終結したとされる重要な節目です。糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園にある「平和の礎(いしじ)」には、早朝から多くの遺族や県民が訪れ、犠牲者の冥福を祈る姿が見られました。
【6月23日】なぜ沖縄で「二度と戦場にしない」と誓うのか?今知っておきたい「慰霊の日」の背景
沖縄の「慰霊の日」とは?過去の悲劇から私たちが学ぶべきこと
毎年6月23日は、沖縄にとって特別な一日です。太平洋戦争末期、沖縄での組織的な戦闘が終わりを迎えたこの日を、沖縄県では「慰霊の日」と呼んでいます。糸満市の平和祈念公園では毎年追悼式が行われ、多くの人が平和への願いを新たにしています。かつて沖縄本島では、一般の住民をも巻き込んだ過酷な地上戦が行われ、なんと県民の4人に1人が命を落としたといわれています。この悲劇を二度と繰り返さないために、私たちが今の時代に知っておくべき歴史があります。
沖縄戦から81年。消えゆく「慰霊塔」をどう守る?私たちが直面する記憶継承の課題
高齢化で維持が困難に。沖縄の「慰霊の場」を守る新たな挑戦
6月23日は「沖縄慰霊の日」。1945年の沖縄戦終結から81年が経ち、当時の記憶をどう未来へつないでいくかが大きな社会問題となっています。沖縄県内には約440基もの沖縄戦関連の慰霊塔や碑がありますが、その多くを支えてきた遺族や同窓会組織の高齢化により、管理が困難になるケースが急増しています。
戦後81年目の「慰霊の日」に考える――なぜ今、沖縄で平和学習が議論されているのか
81年前の悲劇を繰り返さないために。沖縄が直面する「平和学習」の課題
6月23日、沖縄は「慰霊の日」を迎えました。第二次世界大戦末期の沖縄戦から81年。かつて住民を含む約20万人が命を落としたこの地で、今、「平和学習のあり方」が大きな議論を呼んでいます。県民の9割以上が戦後生まれとなり、戦争の記憶をどのように次世代へつないでいくべきか、その手法や中立性が社会に問われています。
写真で振り返る激動の昭和100年…戦争、ベビーブーム、モーレツ社員、そしてキリンのタカオ
2026年は「昭和100年」の節目。4月29日の「昭和の日」を前に、激動の時代を写真で振り返ります。戦前・戦中・戦後、大きな変化を遂げた昭和の記憶を、改めてAERAが伝えます。