自由という名の街、そのルーツに迫る!自由が丘の知られざる歴史をDIG
東京・渋谷から電車で約10分。おしゃれなカフェや雑貨店が立ち並ぶ自由が丘。実はこの街の名前には、深い歴史と自由への想いが込められているんです。今回は、自由が丘のルーツを紐解き、その魅力に迫ります。
「自由が丘」って、もしかして珍しい名前?
地名に「自由」という言葉が入っていることって、あまりないと思いませんか?実は、自由が丘という地名は、1930年に設立された自由ヶ丘学園に由来するんです。今では愛知県や兵庫県にも自由が丘という地名がありますが、元祖はここ、東京の自由が丘なんです。
緑豊かな農村地帯から、文化的なコミューンへ
明治時代、自由が丘周辺は荏原郡衾村という、のどかな農村地帯でした。関東大震災後の宅地開発が進みましたが、それでも田畑や竹藪が広がる自然豊かな場所でした。そんな中、大正デモクラシーの時代に、手塚岸衛先生が「自由ヶ丘学園」を設立。画一的な教育ではなく、子どもの個性や創造性を尊重する自由な教育を目指したのです。
舞踊家の石井漠も自由が丘に魅せられた
自由ヶ丘学園の先進的な思想に共感した人々が集まり、この地はちょっとした文化的コミューンを形成していきます。その中心人物の一人が、日本の創作舞踊の先駆者である石井漠先生。1928年に「石井漠舞踊研究所」を設立し、自由が丘に舞踊文化を根付かせました。
駅名の変更に隠された、人々の熱い想い
当時は九品仏駅だった駅の名前も、石井先生や手塚先生たちの熱心な要望によって、1929年に自由ヶ丘駅に変更されました。さらに、1932年には地名も「碑衾町大字衾」から「自由ヶ丘」へと改称され、東京市に編入。自由という名前が、この街に深く刻まれていったのです。(1965年に「ケ」を「が」に変更)
自由が丘には、自由という理念のもと、新しい教育や文化が育まれた歴史があります。今ではおしゃれな街並みとして知られていますが、そのルーツを知ると、より深く自由が丘の魅力を感じられるはずです。