日本人初の宇宙飛行士・秋山豊寛さんが死去 84歳 元同僚・菊地涼子さんが明かした「強さと優しさ」
宇宙へ挑んだ伝説のジャーナリスト、秋山豊寛さんを悼む
日本人として初めて宇宙を旅したジャーナリスト、秋山豊寛(あきやま・とよひろ)さんが、8月26日に84歳で亡くなられました。TBSの記者としてワシントン支局長などを歴任し、1990年に旧ソ連の宇宙ステーション「ミール」に滞在。宇宙からの「これ、本番ですか」という歴史的な第一声は、今も多くの人の記憶に残っています。そんな偉大な先駆者の訃報に、宇宙飛行士選抜で共に切磋琢磨した元同僚の菊地涼子さんが、深い哀悼の意を表しました。
「理屈を通す強さ」と「握手の温もり」―菊地涼子さんが語る素顔
菊地涼子さんはNPO法人KU-MAの公式サイトを通じて、厳しい訓練時代を共に過ごした秋山さんのエピソードを振り返りました。「秋山さんは、ご自身にも他人にも厳しく強い方でした」と語る菊地さん。旧ソ連の「星の街」での過酷な訓練中、機密を理由に教科書を持ち帰れない状況に対し、秋山さんが幹部と堂々と交渉し、仲間の学習環境を勝ち取ったという勇敢なエピソードを明かしました。また、命がけのパラシュート訓練後に見せた、心からの笑顔と力強い握手の思い出を振り返り、「秋山さんの豪快な笑顔、厳しさ、よく響く低音ボイス・・・いろいろ思い出します」と、故人を懐かしみながら最後のお別れを告げました。
多くの若者に夢を与えた先駆者
ジャーナリストとして初めて宇宙から地球を見つめ、その感動を世界中に伝えてくれた秋山豊寛さん。彼が切り拓いた道は、後の日本人宇宙飛行士たちの活躍にも大きな影響を与えました。突然の訃報に驚きを隠せないファンも多いですが、彼が残した「日本人初」という偉業と、どんな困難にも立ち向かったその強固な姿勢は、これからも多くの世代に語り継がれていくことでしょう。秋山豊寛さんのご冥福を心よりお祈りいたします。詳細については、公式の