衝撃のトレード裏話!杉本正氏が語る、敵将からの電撃打診と直後の成立劇
NPBで81勝を挙げた左腕のレジェンド、杉本正氏。現役時代には西武ライオンズ、中日ドラゴンズ、福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンクホークス)で活躍しました。そんな杉本氏が、自身のキャリアにおける2度目のトレードについて、驚きの裏話を明かしました。
突然のトレード打診、そして即決
1990年シーズン途中に、杉本氏は中日からダイエーへ移籍。相手は南海ホークス時代に18勝をマークした山内和宏投手でした。このトレードのきっかけは、ダイエーの田淵幸一監督からの突然の電話だったと言います。
「田淵監督から『お前、うちに来ないか?』と電話があったんです。その時、中日の星野仙一監督からは『ブチ(田淵監督)を助けに行ってやれ』と送り出されました。本当にあっという間に決まって、驚きましたね」
西武から中日への移籍、そして肘の故障
実は杉本氏にとって、トレードはこれが初めてではありません。1985年シーズン前に、大石友好捕手とともに西武から中日にトレードされていました。中日では1986年に12勝、1987年には13勝と左腕のエースとして活躍しましたが、1988年の春季キャンプ中に左肘を痛めてしまいます。
「1988年のリーグ優勝の年は、どうしても左肘の状態が良くなくて…。その影響で6勝に終わってしまいました。その後も、なかなかしっくりくる感覚が得られませんでした」
スクリューボールへの挑戦と不調
1989年には、スクリューボールにも挑戦しましたが、なかなか成功しませんでした。「山本昌さんがドジャースでスクリューボールを習得して良くなったという話を聞いていたので、試してみたんですが、リリースのタイミングが難しくて…。根気よく練習すれば良かったのかもしれませんが、諦めてしまいました」
その結果、1989年のシーズンは自己ワーストの3勝に終わってしまいます。「秋季練習メンバーからも外れてしまい、『もう現役は終わりかもしれない』と不安に思ったこともありました。でも、次の年もチームにいたんです。ちょっと不思議な感じでしたね」
杉本氏のトレードの裏には、監督の思い、怪我との闘い、そして新たな挑戦がありました。彼の経験は、多くの野球ファンにとって共感と感動を与えるものとなるでしょう。