渡辺えりが明かす「美輪明宏さんに命を救われた」衝撃のエピソード 改名秘話や恩師との絆を語る
渡辺えり、美輪明宏さんの訃報に寄せて―。「芸名」と「命」を救った恩師の教え
2024年に老衰のため91歳でこの世を去った、歌手で俳優の美輪明宏さん。多くの俳優から敬愛された美輪さんとの深い交流を、女優の渡辺えりさんが明かしました。渡辺さんにとって美輪さんは、劇団の命名から改名の助言まで、人生の節目を支えてくれたかけがえのない恩人です。
「画数が悪い」と突然の電話?改名で劇的な転機を迎えた渡辺えり
渡辺さんが「えり子」から現在の「えり」へ改名したのは2007年のこと。実はこの改名、美輪さんからの「いきなりの進言」がきっかけでした。ある朝、美輪さんから電話があり、「今の名前は画数が悪く、修行僧がわざと苦労を背負うような名前だ」と告げられたといいます。当時、ノドの病気で医師から「死ぬかもしれない」と宣告されていた渡辺さんでしたが、改名後に体調が回復。渡辺さんは「命を救ってもらったのかもしれない」と、当時の感謝を噛みしめています。
新人時代の渡辺えりを育てた美輪さんの愛あるサポート
まだ無名だった20歳の頃から、美輪さんは渡辺さんの才能を見抜き、「発声がいい」と励まし続けてきました。渡辺さんが岸田國士戯曲賞を受賞した際には、私服にこだわりのなかった渡辺さんのために、シャネルのような白いスーツとイヤリング、靴まで全て買い揃えてくれたというエピソードも。授賞式にも駆けつけた美輪さんの温かさは、今も渡辺さんの心に深く刻まれています。
戦火を生き抜いた美輪明宏さんの魂を、次世代へ
美輪さんは被爆者としての壮絶な経験から、戦争で犠牲になる弱い人々の思いを歌い続けてきました。渡辺さんは、美輪さんが表現者として貫いてきたその「激しい思い」を強く胸に刻み、「美輪さんの思いを大事に受け継いでいきたい」と追悼の意を語りました。偉大なアーティストが残した言葉や生き様は、これからも多くの人々の心に残り続けることでしょう。