78年ぶりの帰郷。「父の骨、一片だけでも幸せ」済州4・3事件遺族の願いが叶うまで
78年の時を経て、名札をつけた「父」と再会
78年という途方もない歳月を経て、ようやく「父」の居場所を見つけた人たちがいます。済州(チェジュ)4・3事件で本土の刑務所に連行され、行方不明となっていた父親たちです。イム・ジノクさん(79)とヤン・ゲチュンさん(78)の物語は、国家暴力によって引き裂かれた家族の絆が、どれほどの時間をかけて癒やされようとしているかを伝えています。かつて20歳という若さで連行されたイム・テフンさんの骨箱に、娘のジノクさんが自分の手で名札をつけた瞬間、テフンさんは78年ぶりに名前を取り戻し、故郷へ帰ることができました。「ようやく父を温かい所に迎えられた」と語るジノクさんの瞳には、長年抱えてきた苦しみと、それ以上の深い安らぎが宿っていました。
海ではなく、山へ消えた命の真実
犠牲者たちがたどった運命は、あまりにも過酷なものでした。ヤン・ゲチュンさんの父、ヤン・ダルヒョさんは、妻のお腹に子がいた1948年に連行されました。遺族たちは長年、海へ船で運ばれる途中で亡くなったと信じ、海に向かって儀式を捧げてきました。しかし、後に明らかになったのは、軍と警察による集団虐殺の舞台となった「コルリョンコル」という山での悲劇でした。済州4・3事件では、約2万5千人から3万人もの命が失われ、その多くが本土の刑務所に送られたまま行方不明となりました。現在、再審を通じて無実を証明する動きが進んでいますが、遺骨となって戻ってこられるのは、まだわずか1%にも満たないといいます。
残された遺族の「恨(ハン)」を解くために
骨の一片さえ見つからずに終わる人が圧倒的に多い中、二人は「奇跡的に帰ってこられた」と語ります。ヤン・ゲチュンさんは、自らの父を見つけ出した喜びを噛みしめつつも、他の遺族たちのことを思いやり、その胸を痛めています。「他の人たちの恨(ハン)も解けるよう願っている」という言葉には、かつて暴力で分断された歴史と、それに向き合い続ける人々の強い願いが込められています。かつて国を憎み、法を憎んだ時代を乗り越え、いま彼らは「諦めずに探し出してくれたすべての人に感謝する」と話します。過去の歴史を忘れず、失われた尊厳を取り戻すための歩みは、78年経った今も、決して終わってはいません。
本記事の内容に関連する詳細な情報は、真実・和解のための過去事整理委員会の公式サイト(