「北の国から」脚本家・倉本聰さんが死去、91歳。日本ドラマ界の巨星が遺した偉大な功績
日本を代表する脚本家・倉本聰さんが多臓器不全のため逝去
「北の国から」や「前略おふくろ様」など、数々の名作を世に送り出した脚本家、倉本聰(くらもと・そう)さんが、10月18日に多臓器不全のため91歳で亡くなりました。日本のドラマ史にその名を刻んだ巨匠の訃報に、多くのファンから悲しみの声が上がっています。葬儀はすでに近親者のみで執り行われており、11月3日には北海道富良野市の富良野演劇工場にて「お別れの会」が予定されています。
「北の国から」の舞台・富良野を愛した生涯
東京生まれの倉本さんは、ニッポン放送を経て脚本家の道へ。その後、北海道の豊かな自然に魅了され、1977年に富良野へ移住しました。そこで生まれた代表作「北の国から」は、田中邦衛さん演じる黒板五郎とその家族の成長を描き、日本中が涙した伝説のドラマとして今なお語り継がれています。また、私財を投じて俳優や脚本家を育てる「富良野塾」を開設するなど、後進の育成にも並々ならぬ情熱を注ぎました。
80代でも衰えぬ創作意欲と社会へのメッセージ
倉本さんの凄さは、晩年まで創作意欲が衰えなかった点にあります。80代で手掛けた「やすらぎの郷」では、テレビ業界を鋭く切り取るような筆致で大きな話題を呼びました。環境問題にも深く関心を寄せ、NPO法人「富良野自然塾」を主宰するなど、ドラマの枠を超えた社会活動も精力的にこなしていました。紫綬褒章や旭日小授章など数々の賞を受賞し、まさに日本ドラマ界のレジェンドといえる存在でした。倉本さんが遺した数々の名作は、これからも多くの人々の心に残り続けることでしょう。