森永キャラメルの「エンゼル」に隠された秘密…創業者・森永太一郎の切なすぎる「母への想い」とは
なぜ森永製菓は「母の日」に力を入れるのか?その意外なルーツ
5月といえば「母の日」ですが、実は森永製菓が戦前から「森永母をたたえる会」を主催するなど、この行事に深く関わっていることをご存知でしょうか。なぜ一介の菓子メーカーがここまで「母」というテーマにこだわるのか。その背景には、創業者である森永太一郎が抱えていた、あまりに切なく、そして底なしの「母への渇望」がありました。
幼くして親と離別…孤独な少年時代が原動力に
1865年に生まれた太一郎は、6歳で父を亡くし、さらに母が再婚して家を出てしまったことで、親戚を転々とする「孤児同然」の生活を送りました。幼い頃に母の愛を奪われた経験は、太一郎にとって一生消えないトラウマとなると同時に、人生を切り開くための巨大なエネルギー源でもありました。彼が作り続けた甘いお菓子は、もしかすると「手に入らなかった温もり」を求める心の叫びだったのかもしれません。
アメリカで一旗揚げようと無鉄砲な渡米を決意
身長181センチという当時としては破格の巨漢に成長した太一郎は、23歳の時に「九谷焼を売る!」という無謀な夢を抱き、妻子を置いて単身アメリカへ渡ります。しかし、現実は甘くありませんでした。極貧生活の中で人種差別に苦しむ日々を送りますが、そこで出会った親切な老夫婦の愛に触れ、キリスト教に熱狂的に傾倒していきます。「こうと決めたら一直線」という彼のブレーキの壊れたような性格は、後の菓子作りでの成功にも色濃く反映されることになります。
「エンゼル」に込められた永遠の願い
太一郎の生涯は、まさに「直情径行」という言葉がぴったりな、人間味あふれる挑戦の連続でした。日本で初めて西洋菓子を製品化し、大成功を収めた彼ですが、その商品ロゴに「エンゼル」が描かれ続けているのは、永遠に手の届かない存在である「母」をどこかで求め続けていたからではないでしょうか。甘いお菓子の裏側に隠された創業者の深い孤独を知ると、いつも食べているキャラメルが少し違った味わいに感じられるかもしれません。
参考: