「月給4万5000円」から世界へ!森保一監督の意外すぎる過去と「冷酷」と言い切る理由
梱包作業から始まった苦労人、森保監督の原点とは
今や日本代表を3大会連続の決勝トーナメント進出に導き、名将としてその名を馳せる森保一監督。しかし、そのキャリアのスタートは華々しいものとは程遠いものでした。1987年にJ1広島の前身である「マツダSC」に入団した際、なんと月給はわずか4万5000円。本社採用ではなく子会社の「マツダ運輸」に配属され、現場で梱包や荷造りを行う日々を過ごしていたのです。「いまも梱包や荷造りには自信があります」と笑顔で語るその姿には、下積み時代を支えたタフな精神力が垣間見えます。
「自分ほど冷酷な人間はいない」森保監督が涙したワケ
周囲から「善き人」と評されることが多い森保監督ですが、本人はその評価を否定し「自分ほど冷酷な人間はいない」と語ります。その言葉の背景には、W杯優勝という高い目標に対する凄まじい覚悟があります。チームの主将である遠藤航選手に対し、負傷を理由に離脱を告げた際、指揮官は記者会見で涙を流しながら「ひどいことを伝えている」と心中を吐露しました。チームの崩壊を招きかねない非情な決断を下すことも厭わない、その徹底したプロフェッショナリズムこそが、今の日本代表を支える原動力となっているのです。
選手が心酔する「BOSS」の素顔と人柄
名波浩コーチが「自分にとってのBOSS」と敬意を表すように、森保監督の人間味あふれるエピソードは枚挙にいとまがありません。合宿終了時には国内外を問わず、選手全員を必ず玄関まで見送るという徹底した気配りを見せています。取材歴35年の記者も驚くほどの誠実さは、多くの選手たちの信頼を集めています。ときには厳しく、ときには誰よりも深く選手を想う。そんな人間としての深みが、今の日本代表の強さの秘密なのかもしれません。
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