なぜ、つげ義春の作品は日本のロックを変えたのか?細野晴臣ら6人が語るその影響力
マンガ界の巨匠・つげ義春が日本の音楽に遺したもの
2026年3月に惜しまれつつも逝去したマンガ家、つげ義春。代表作「ねじ式」「紅い花」「無能の人」などで知られる彼の独創的な世界観は、時を超えて多くの表現者に刺激を与え続けてきました。特に、日本のロックシーンを牽引してきたアーティストたちにとって、つげ作品は「日本語でロックを表現する」という試みの大きな道標となっていたことはご存知でしょうか。今回は、細野晴臣さんをはじめとする豪華アーティストたちが語る、つげ作品の多大な影響について掘り下げていきます。
細野晴臣と松本隆が衝撃を受けた「ねじ式」のポップさ
はっぴいえんどの結成当時、メンバーであった細野晴臣さんと松本隆さんは、マンガ雑誌「ガロ」で発表された「ねじ式」をリアルタイムで読み、強烈な衝撃を受けたと語っています。松本さんは「つげ義春が描くような世界観をロックで再構築することこそが最先端」と確信し、細野さんもまた、制約のない自由な表現の場として「ガロ」と自分たちの活動環境(URCレコード)を重ね合わせていました。難解でありながら感覚に訴えかける彼の作品は、当時のミュージシャンたちに「新しい表現の扉」を開いたのです。
次世代アーティストに受け継がれる「オフビートな精神」
カーネーションの直枝政広さんは「海辺の叙景」の終わりのない余韻に魅了され、サニーデイ・サービスの曽我部恵一さんは「無能の人」から人生の悲哀を学びました。また、かせきさいだぁさんは「苦悩の人」という楽曲でオマージュを捧げ、つげ作品から「周りも金もカンケーねー!」というパンク精神を吸収したと振り返ります。ceroの髙城晶平さんに至っては、「オフビートな作風やアンチクライマックスな展開を面白がる素地は、すべてつげ作品で培われた」と断言するほどです。
「わかりやすくなくてもいい」——つげ義春が教えてくれた表現の自由
劇的なオチや明快な物語をあえて求めず、日常のささやかな痛みや心の揺れを肯定する。つげ義春のマンガが示したそんな姿勢は、現代の音楽創作においても重要な指針となっています。「わかりやすくなくてもいい、明るくなくてもいい」というメッセージは、自分自身の言葉で表現しようとする若き表現者たちに、今なお深い勇気を与えています。彼の作品は、これからも日本の音楽シーンの底流で、静かに、しかし力強く生き続けていくはずです。