「今になって考えてばかばかしい」旧帝国陸軍カメラマンが残した2000枚の「戦争の現実」とは
戦場の最前線でシャッターを切った小柳次一さんの記録
8月15日の終戦の日を前に、私たちは改めて「戦争」について向き合う必要があります。今回は、晩年を宮崎県川南町で過ごし、かつて旧帝国陸軍の報道カメラマンとして激戦地を駆け抜けた小柳次一さんの物語をご紹介します。小柳さんが戦場に残した約2000枚もの写真は、今の私たちにどのようなメッセージを伝えているのでしょうか。
プロパガンダではない「兵士たちのありのままの素顔」
中国やフィリピンなど、足掛け8年もの間、最前線で兵士たちと苦楽を共にした小柳さん。当時のカメラマンには軍の威信を高める「戦意高揚」のための撮影が期待されていました。しかし、小柳さんが残したのはそれだけではありません。86歳当時のインタビューで彼は「ひどいもんですよ」「つくづくよく生きていたなと思う」と語っています。彼の写真は、軍の宣伝材料という枠を超え、兵士たちの生身の表情や過酷な日常を写し出していました。学芸員からも「兵士に寄り添ったからこそ撮れた唯一無二の記録」と高く評価されています。
川南町への移住のきっかけは、特攻隊員との絆
小柳さんが晩年を宮崎県で過ごすことになったのには、深い理由がありました。彼が撮影した写真の中に、川南町出身で「義烈空挺隊」として特攻した新藤勝さんの姿があったのです。戦場で散っていった若者たちの遺族と交流を深め、その縁でこの地に住むことになりました。私たちが今こうして平和に暮らせる背景には、小柳さんが命がけで残した「二度と繰り返してはならない現実」があります。写真の詳細については、