「原爆の苦しみは終わっていない」韓国の被爆2世たちが訴える、国の保護なき過酷な現実
被爆から80年以上…「見えない被害者」として生きる2世の苦悩
広島と長崎への原爆投下から長い年月が経ちましたが、その傷跡は今も確実に次世代へと引き継がれています。当時、被爆した朝鮮人は約10万人と言われていますが、彼らが帰国した後に待ち受けていたのは、「強制徴用・被爆・無視」という三重の苦しみでした。現在、韓国で原爆被害2世の支援を訴えている「韓国原爆2世患友会」のハン・ジョンスン会長と、支援シェルター「陜川(ハプチョン)平和の家」のイ・ナムジェ院長は、「現行の法律では2世の苦しみは無視されている」と強く訴えています。
「同じ苦しみを繰り返さないで」4歳で被爆、戦災孤児として生きた牧原清子さんの願い
「この世の光景とは思えなかった」4歳で経験した被爆の地獄
終戦から81年。戦争体験者が高齢化し、当時の記憶を語れる人が年々減少しています。そんな中、大阪府守口市原爆被害者の会会長を務める牧原清子さん(85)は、自身の壮絶な体験を次世代に伝え続けています。牧原さんが4歳の時に遭遇した広島への原爆投下。爆心地から約2キロの地点で被災した彼女は、皮膚が垂れ下がった人々や、積み上げられて焼かれる遺体という「地獄」のような光景を目の当たりにしました。薬もない中で、すりつぶした野菜を塗るしかなかった叔母のケロイドの痛み。牧原さんは「原爆は人間の行為ではない。二度と核兵器を使ってはならない」と、力強く訴えかけています。
広島原爆投下から81年。新潟市で犠牲者を追悼、次世代へつなぐ平和への誓い
午前8時15分、静寂のなかで捧げられた祈り
2026年8月6日、広島に原子爆弾が投下されてから81年という節目の日を迎えました。新潟市では、犠牲となった方々を追悼する式典が執り行われ、関係者や市民など約150人が参列しました。午前8時15分、広島の被爆時刻に合わせて会場は静寂に包まれ、参列者全員で深い祈りと黙とうが捧げられました。
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