養老孟司・内田樹が警鐘!「本当の私」を語る政治家は疑え?失われた大人の嗜みとは
「ありのまま」を誠実と捉える風潮が、政治家の質を低下させている――。東京大学名誉教授の養老孟司さんと思想家の内田樹さんが、書籍『日本人が立ち返る場所』(KADOKAWA)の中で、現代の政治状況について鋭い分析を展開しています。この対談から、その核心部分を分かりやすくご紹介します。
「額縁」という視点で見える、言葉の現実
内田樹さんは、ヨーロッパの教会や劇場を例に、「額縁」という概念を説明します。豪華な建物の中で語られる言葉は、あくまで「現実ではない」ということを示すための演出。舞台で人が殺されたとしても、それは現実ではなく「画」の一部だと理解する必要があります。
内田さんは、「額縁」をつけることで、過激な内容や深遠な思想でも、安心して語ることができると指摘します。言葉が現実と区別されることで、より自由な議論が可能になるのです。
「額縁」のない議論の危険性
養老孟司さんは、この「額縁」の重要性を強調します。「額縁」があることを前提とすることで、議論の参加者はお互いに一定の了解を得られます。しかし、「額縁がない」状態で議論を始めると、混乱を招く可能性があると警鐘を鳴らします。
「ありのまま=誠実」という誤解
養老さんと内田さんは、現代社会において「ありのまま=誠実」という誤解が広まっていると指摘します。その結果、知性や能力よりも、自分たちと同じレベルの人間が政治家として選ばれるようになったと分析しています。「自分たちと同じレベルの人間」が政治を担うことで、政治の質が低下しているというのです。
この問題の背景には、「額縁」を理解する世代が減少し、言葉の現実との区別が曖昧になっていることがあります。養老さんと内田さんは、この状況を「失われた大人の嗜み」と表現し、警鐘を鳴らしています。
現代の政治を冷静に見つめ、言葉の裏にある真意を見抜く力。私たちに求められているのは、「額縁」という視点を取り戻し、「ありのまま」という言葉に惑わされない大人の嗜みなのかもしれません。
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