大河ドラマ「豊臣兄弟!」で話題の蜂須賀正勝、実は野盗ではなかった!秀吉が頼りにした理由とは?
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」で、木下藤吉郎秀吉(池松壮亮)の股肱の臣・蜂須賀小六正勝(高橋努)が登場し注目を集めています。今回は、正勝だけでなく、前野長康や稲田植元といった同僚たちにもスポットを当て、彼らが秀吉に頼られた理由、そして信長時代の意外な背景に迫ります。
秀吉に仕えた蜂須賀正勝の出自
「秀吉は農民出身のため、もともとの家臣がいなかった」と系図研究者の菊地浩之さんは語ります。蜂須賀正勝は、秀吉の与力として知られていますが、実は信長が秀吉の下に付けた人物ではないかという説が有力です。与力とは、軍事指揮下における部下のことで、秀吉から直接俸禄を与えられていたわけではありませんが、秀吉の家臣として働いていたのです。
岩倉織田家の旧臣という意外な背景
蜂須賀正勝、前野長康、稲田植元らは、もともと岩倉織田家の旧臣でした。岩倉織田家が滅んだ後、信長に降伏し、その後秀吉の与力として付けられたと考えられています。信長の家臣の中には、自前の家臣を持っていた者もいましたが、秀吉のように部下が少なかった者にとっては、岩倉織田家の旧臣は貴重な戦力となりました。
出世の構図と信長時代の正勝
秀吉や丹羽長秀らは出世していく一方、岩倉織田家の旧臣は彼らの指揮下で出世するにとどまりました。そのため、信長時代に岩倉織田家の旧臣で大名クラスに出世した者は一人もいません。蜂須賀正勝も、信長時代にはまだ大名クラスではありませんでした。2006年の大河ドラマ「功名が辻」で有名な山内一豊も同様です。
「豊臣兄弟!」から読み解く、戦国時代の人間関係
大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、蜂須賀正勝の登場を通して、戦国時代の複雑な人間関係や、出世の裏側にある戦略が見えてきます。正勝のような人物の存在は、秀吉の成功を支えた重要な要素の一つと言えるでしょう。今後のドラマ展開で、彼らの活躍に注目です。