東日本大震災から15年…被災者が今伝えたいこと【徳島】
2011年3月11日に発生した東日本大震災から15年。震災の記憶が色褪せる中、被災者が未来へ伝えたい想いを、徳島県鳴門渦潮高校の生徒たちに語りかけました。四国放送の取材班は、震災からの復興が進む岩手県釜石市を訪れ、その現状と、被災者の強い思いを伝えました。
変わりゆく街並み、変わらない記憶
釜石市鵜住居町は、東日本大震災で甚大な被害を受けた地域です。高台から見下ろす現在の街並みは、津波の爪痕を乗り越え、新しい姿へと生まれ変わっています。しかし、多くの命が失われた震災の記憶は、今もこの町に深く刻まれています。
震災の教訓を未来へ伝えるため、釜石市には津波伝承施設「いのちをつなぐ未来館」があります。ここでは、被災体験を語り継ぐ語り部が、震災の恐ろしさと、そこから得られた教訓を伝えています。
「町が海になる」…中学2年生が見た光景
語り部の一人である川崎杏樹さん(29歳)は、中学2年生の時に東日本大震災の津波を経験しました。当時、バスケットボール部の練習中に地震に遭遇し、部員たちと共に避難を余儀なくされました。
川崎さんは当時を振り返り、「町が海になるなんて、ありえないと思っていました。普通に生活していたら、それが目の前に広がっていたので…自分の目で景色を見ているけれど、どこか現実味がないというか、不思議な感覚がありました」と語ります。
迅速な避難判断が命を救う
地震発生時、川崎さんたちが所属していた中学校では、まず生徒だけで点呼を取ろうとしましたが、副校長の判断により、点呼を省略し、一斉に避難を開始しました。避難先は、学校から約800メートル離れた福祉施設でした。
「点呼をしていたら間に合わないという判断でした。そのくらい切羽詰まっていた状況でした」と川崎さんは語ります。迅速な避難判断が、多くの生徒の命を守ったと言えるでしょう。
未来へ伝えたいこと
川崎さんは、震災から15年経った今、若い世代に「備え」の大切さを伝えたいと語ります。震災の経験を語り継ぐことで、未来の命を守り、より安全な社会を築いていくことが、被災者の強い願いです。
震災の記憶を風化させず、教訓を活かすこと。それが、私たちに課せられた使命と言えるでしょう。