伝説の写真家・杉本博司の軌跡を辿る!21年ぶりの大規模個展開催と貴重な雑誌資料
「杉本博司を知っていますか?」2002年に雑誌で問いかけられたこの言葉から21年。写真家杉本博司氏の活動は写真の領域を超え、ますます広がりを見せています。6月から開催される大規模個展「杉本博司絶滅写真」を機に、美術ジャーナリスト鈴木芳雄氏が手元に持つ貴重な資料を整理し、その足跡を辿ります。
21年ぶりの大規模個展「杉本博司絶滅写真」
日本では2005年の森美術館で開催された「杉本博司:時間の終わり」以来、21年ぶりとなる写真作品に特化した大規模個展が開催されます。この展覧会に合わせて、様々なメディアから寄稿の依頼が舞い込む中、鈴木氏がこれまでの資料を振り返り、その変遷を明らかにしていきます。
70年代からの活動と初期の雑誌掲載
1948年東京生まれの杉本氏は、70年に立教大学を卒業後、アメリカへ渡り、74年からニューヨークを拠点に作家活動を開始。77年には東京の南画廊で個展を開催し、その才能を世に示しました。この個展では、現在も制作が続けられている「ジオラマ」「劇場」シリーズに加え、お経を撮影したシリーズが発表され、『芸術新潮』、『芸術生活』、『カメラ毎日』などが展覧会情報を掲載しました。
『芸術生活』『遊』『アサヒカメラ』…貴重な雑誌資料
『芸術生活』1977年9月号では、杉本氏の「ジオラマ」シリーズ(当時の名称は「STILLLIFE」)6点が8ページにわたり紹介され、美術評論家の日向あき子氏が評論を寄せました。また、松岡正剛氏が編集長を務めた雑誌『遊』1979年の号では、「劇場」シリーズ(当時の名称は「HALL」)7点と引き伸ばし機の写真が、ページを大胆に横使いして掲載されました。
さらに、『アサヒカメラ』(2020年休刊)1983年4月号では、「劇場」シリーズ10作品が8ページ相当で紹介。82年の西武美術館でのニューヨーク近代美術館コレクション展に作品が選出されたことが掲載のきっかけとなったようです。
贅沢な誌面構成『déjà-vu』
写真評論家の飯沢耕太郎氏が編集長を務めていた季刊誌『déjà-vu(デジャ=ヴュ)』(1995年休刊)の第7号(1992年1月10日発行)では、特集「沈黙の風景」のトップに、杉本氏の「海景」12点を掲載。右ページだけに作品を配置し、左ページは白紙という贅沢な誌面構成で、その世界観を際立たせていました。
今回の個展をきっかけに、改めて杉本博司氏の作品と、その軌跡を辿る貴重な資料が公開されます。