【伝説の「満塁男」駒田徳広が語る】衝撃のプロデビュー秘話と、20年間の現役生活を支えた「あの瞬間」
プロ野球界に衝撃を与えた「満塁男」、駒田徳広氏。その野球人生の始まりは、誰もが予想しなかった劇的なシーンでした。1983年4月10日、巨人入団3年目の駒田氏が、プロ初出場・初打席で満塁ホームランを放ったのです。この伝説的なデビューから始まった20年間の現役生活、そして「満塁男」という異名がもたらした影響について、駒田氏自身の言葉で振り返ります。
衝撃のプロデビュー!「こんな夢のような出来事があっていいのか」
試合前の練習中に中畑清選手が怪我をし、急遽巡ってきた公式戦初出場。初回2点を先制した後の1死満塁、マウンドにはプロ初先発の右田一彦投手。駒田氏は、「前年2軍で7本塁打中3本を右田投手から打っていた相性の良い相手でしたが、それでも簡単に追い込まれてしまいました。」と当時を振り返ります。しかし、4球目のカーブを捉え、打球は右翼スタンドへ。プロ野球史上初の初打席満塁ホームランが誕生したのです。
「前の走者を追い越したら帳消しになる」と焦った駒田氏に、レジー・スミスや原辰徳氏は「もっとゆっくり走れ」とアドバイス。それでも、この衝撃的なデビューが、その後の野球人生を大きく左右することになります。
「満塁男」という異名と、20年間の現役生活
その後も駒田氏は満塁の場面で強さを発揮。17日の阪神戦では2点タイムリー、30日の大洋戦では走者一掃の逆転二塁打、5月6日の中日戦では3点差を追いつく三塁打と、4度の満塁機で本塁打、単打、二塁打、三塁打と「サイクルヒット」を達成。この頃から「満塁男」と呼ばれるようになりました。
「この称号があったから、粘り強く20年間も現役を続けられた。もし初打席が三振に終わっていたら、全く違うプロ野球人生になったと思う。」と駒田氏は語ります。満塁での通算成績は、247打席、220打数、73安打、打率.332、200打点、13本塁打。現役最終年時点では、満塁本塁打数は王貞治氏に次ぐ歴代2位でした。
「元祖満塁男」という誇り
駒田氏は、93年オフにFAで横浜(現DeNA)に移籍。巨人で5本、横浜で8本と、満塁弾を打った試合は全て勝利に貢献しました。現在は歴代5位タイとなっていますが、「頭に『元祖』がつくようになったが、その時代の野球ファンが『満塁』といえば私の名前を思い出してくれるのはうれしいことだ。」と、「元祖満塁男」という異名に誇りを感じています。
現役終盤には、横浜のヘッドコーチ、山下大輔氏から「満塁だったらホームランを狙っていいから」と言われたことも。しかし、駒田氏は「1人はランナーを還さなきゃ」という思いでバットを振ったそうです。「自分の野球人生の運が打たせてくれることがあれば、読みがぴたりと当たって打てることもある。ただ一つ言えるのは、満塁ではいつもより集中していたってことだ。普段はまるで落ち着きのない男がね。」
駒田徳広氏の野球人生は、衝撃的なデビューと「満塁男」という異名によって彩られました。その活躍は、多くのファンに感動と興奮を与え、プロ野球史にその名を刻んでいます。