【張本勲さんをしのんで】被爆者としての使命を全うした生涯。語り継いだ「平和」の尊さ
突然の訃報。張本勲さんが晩年まで守り続けた「被爆者としての誓い」
球界のレジェンドであり、通算3085安打という金字塔を打ち立てた張本勲さんがこの世を去りました。テレビで見せる厳しくも温かい姿とは裏腹に、その胸の内には長年、「原爆の記憶」という深い悲しみが刻まれていました。5歳で広島の爆心地近くで被爆し、母の献身的な愛によって生き延びた張本さん。彼が晩年になって自身の体験を語り始めたのには、切実な使命感があったのです。
「ケロイド乙女」と呼んだ姉の死。平和だからこそできる野球への想い
張本さんは、爆心地から約2.3キロの場所で被爆しました。幼い自分をかばってくれた母の背中に刺さったガラス片、そして勤労奉仕に出ていた姉が、全身やけどを負い「熱い、痛い」と苦しみながら亡くなった記憶。それは、生涯消えることのない心の傷でした。だからこそ張本さんは、「平和だから、健康だから野球ができる」と、高校球児たちへ常に「生きる喜び」を説いていました。世界で紛争が絶えない今、罪のない子どもたちが犠牲になる現実に対して、最後まで心を痛めていた張本さんのメッセージは、私たちの心に深く突き刺さります。
被爆体験を語り継ぐ勇気。少女の手紙が動かした「あの日」への決別
かつては「怖くて入れなかった」という広島平和記念資料館にも、一人の少女との文通をきっかけに足を踏み入れました。自身の悲劇を公表することは容易なことではありませんでしたが、原爆を知らない世代が増えていくことに危機感を抱き、「伝えていく使命」を貫きました。張本さんが願った、争いのない平和な世界。そのバトンを私たちがどう受け継いでいくか、改めて考えさせられます。安らかな眠りをお祈りするとともに、彼が残した「平和の種」を大切に育んでいきたいものです。
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