「戦争の悲惨さ」を学ぶだけでは不十分?元防衛官僚が語る「これからの平和教育」に必要な視点
「悲惨さ」を知るだけでは平和は守れない?平和教育の新たなアプローチ
皆さんは学校の授業で、戦争の悲惨さを伝える映画や物語に触れた経験があるでしょうか。広島・長崎の平和学習や、教科書に掲載されている「ちいちゃんのかげおくり」など、私たちが受けてきた「平和教育」の多くは、戦争がいかに残酷で悲しいものかという「反戦平和」のメッセージが中心でした。しかし、元防衛官僚として安全保障の最前線にいた筆者は、これだけの教育では「平和」を維持するには不十分だと警鐘を鳴らしています。
交通ルールと同じ!「危険」だけでなく「回避する方法」も学ぶべき
学校で交通安全を教えるとき、私たちは事故の恐怖を伝えるだけでなく、守るべき交通ルールや正しい行動についても学びます。平和教育も同じで、単に「戦争は恐ろしい」と目を背けるのではなく、なぜ戦争が起きるのか、それを回避するために私たちは何をすべきなのかをセットで学ぶ必要があります。平和は無条件に与えられるものではなく、平和を維持するための仕組みや営みがあって初めて守られるものです。
「平和は自分で創るもの」という意識への転換
これからの日本の平和教育には、戦争という「結果」の悲惨さを知ることに加え、それを防ぐための「平和の条件」や「安全保障の考え方」を探求する視点が不可欠です。平和主義と現実主義は対立するものと思われがちですが、平和を願う気持ちは同じはず。これからの時代を生きる10代~30代の皆さんにこそ、感情的な平和教育から一歩進んで、論理的に「どうすれば平和が続くのか」を考え、自分たちの手で平和を創り出す姿勢が求められています。
※本記事は、筆者の経験に基づく視点を紹介したものです。平和教育のあり方について考えるきっかけとして、ぜひ参考にしてみてください。