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震災31年、姉の名を呼ぶ92歳「私は元気やからね」…東遊園地で涙の追悼

投稿日:2026年01月17日

1月17日、阪神・淡路大震災から31年。神戸市中央区の東遊園地には、震災で亡くなった方々の名前が刻まれた銘板の前で、井口千恵さん(92)=神戸市東灘区=が三女の富紀子さん(58)と共に訪れ、3歳年上の姉、浅野福恵さん(当時64歳)をしのんだ。

姉の名を刻んだ銘板に、溢れる涙

銘板に刻まれた姉の名前を見つけた瞬間、井口さんの目から涙が溢れ出した。「学校の先生には『お姉さんに勉強を教えてもらえ』と、しょっちゅう言われました」と振り返るように、福恵さんは成績優秀で、習字も上手だった。幼い頃は少し疎ましく思うこともあったが、「いつも自慢の姉だった」という。

震災で連絡が途絶え、瓦礫の下で…

震災当時、井口さんは愛媛県に住んでいた。神戸に住む富紀子さんや親戚は無事だったものの、兵庫県西宮市南昭和町に住んでいた福恵さんとは連絡が取れなくなった。愛媛から駆けつけると、福恵さんの住んでいた2階建ての住宅は全壊しており、たまたま帰省していた息子と一緒に1階で寝ていた福恵さんは、梁の下敷きになっていた。

「会いたい」…姉への想いを胸に

震災後、人混みの中で姉の姿を見たような気がしたことがあるという井口さん。「私は元気やからね、って伝えたいのに。姉はいないの」と涙をこらえきれず、目に手をやった。東遊園地には、姉を偲んで何度も足を運んできたという。

忘れられない記憶、未来への誓い

「なんで死んだん?」という孫の問いかけをきっかけに、前を向いて生きていくことを決めたという井口さん。震災の記憶を風化させず、未来へと語り継いでいくことの重要性を、改めて感じさせる追悼の光景だった。

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