東日本大震災から15年…宮城で犠牲者追悼、未来への祈り
2011年3月11日に発生した東日本大震災から、本日で15年が経過しました。宮城県内では、早朝から各地で犠牲者を悼み、未来への祈りを捧げる人々の姿が見られました。「私がここにいる理由をかみしめながら祈っていました」という言葉が、復興への道のりと未来への希望を象徴しています。
南三陸町、旧防災対策庁舎での追悼
津波が建物を飲み込んだ南三陸町の旧防災対策庁舎には、花を手向けた人々が訪れ、犠牲者を悼みました。同僚を亡くした方は「亡くなった職員を含めて43名に哀悼の意を表したい」と、痛みを胸に語りました。
震災遺構、中浜小学校での祈り
山元町の震災遺構中浜小学校の慰霊碑の前でも、追悼の祈りが捧げられました。父親を亡くした方は「15年経っても、お母さんも元気でまだ頑張っているので、お父さんの分も長生きするから見守ってほしい」と、未来への希望を語りました。
犠牲者と行方不明者
東日本大震災で宮城県内では9,545人が亡くなり、現在も1,213人が行方不明のままです。姉を亡くした方は「姪がいる。姉からすれば1人子どもが残った。それが元気に育っていますと、(姉に)伝えたい」と、未来を担う次世代への想いを語りました。
変わりゆく風景、変わらない想い
多くの人が避難した石巻市の日和山では、友人を亡くした方が「ある日、色々なものがそれこそ友人だったり、建物、普通にあったお店とかそういうのが当たり前に壊れたりすることがあるんだな。まったく前日まで想像していないことだった」と、震災の記憶を振り返りました。当日の夜、炎に包まれた気仙沼の海は、今は穏やかな表情を取り戻しています。
震災からの移住者も追悼
震災後に移住した方は「亡くなられた人のご冥福を祈るとともに、私がここにいる理由を噛みしめながら祈っていました」と、新たな場所で生きる決意を新たにしました。
午後2時46分、各地で祈りが捧げられる
宮城県内各地では、地震発生時刻の午後2時46分に合わせて、改めて犠牲者追悼の祈りが捧げられます。震災の記憶を風化させず、未来へと繋げていくことが、私たちに課せられた使命です。