薬物乱用、デスマーチ、チーム崩壊…傑作RPG『ディスコ・エリジウム』開発の知られざる苦悩を徹底暴露!
2019年にリリースされ、世界中で高い評価を得たRPG『ディスコ・エリジウム』。その裏側には、想像を絶する苦難が隠されていたことが、YouTubeチャンネル「Noclip」のドキュメンタリーシリーズ「TheMakingofDiscoElysium」で明らかになりました。
傑作誕生の苦難の道のり
エストニアのインディースタジオZA/UMが開発した『ディスコ・エリジウム』は、Metacriticで90点以上の高評価を獲得し、数々のゲームアワードを受賞しました。しかし、その成功の裏には、締め切りの延長、チームの分断、そして最終的な大量解雇という、開発者たちの苦悩が隠されていたのです。
当初のタイトルは『NoTrucewiththeFuries』でしたが、イギリスのジャーナリストから「エンターテインメント商品として成り立たない」と指摘され却下。2年間の試行錯誤の末、クリエイティブ・ディレクターのRobertKurvitzが以前作ったプレイリスト名『DiscoElysium』を採用しました。しかし、周囲からは「恥ずかしい」「アメリカではディスコは死んでいる」と猛反発を受けましたが、Robertは自身の信念を貫き、このタイトルを決定しました。
制作を蝕んだ薬物問題とチームの分断
ドキュメンタリーでは、開発チーム内に薬物乱用の問題が存在していたことも告白されています。娯楽目的だけでなく、過酷な制作を乗り切るための手段として薬物に頼ったメンバーもいたとのことです。ナレーション担当のDannyは、「この要素に触れないことは、制作に実質的な影響を与えたものを無視することになる」と語っています。
開発が進むにつれて、投資家や経営陣からの圧力も高まり、Robertのリーダーシップに対する不満やライティングの遅延が問題となりました。その結果、ライティングチームはエストニアのタリンから英国へ移されることになり、チームはタリンとブライトンに分断されました。タリンに残されたライターのOlgaMoskvinaは、「チームがあのように分断されたのは良い状況ではなかった」と証言しています。
「デスマーチ」と突然の大量解雇
2019年2月のリリースが不可能になった際、Robertは投資家に追加資金を要請し、それが認められた瞬間、チームは「次はない」と悟ったといいます。Robertはこの段階を「デスマーチ」と呼び、バグのあるものをリリースしたくないという思いと、何としてもリリースしなければならないという状況に苦しみました。
そして、リリース5ヶ月前には、プログラミングチームのほぼ全員が契約終了とともに解雇されました。残りの開発はポーランドのホワイトラベル会社「KnightsofUnity」が引き継ぎ、エンジニアのMarkusRondoただ一人だけが残されました。プログラマーのJaagupは、「経営陣は資金を継続させるために生贄を必要としていた。開発チームがその役を担わされた」と証言しています。
世界的成功と実感のない勝利
『ディスコ・エリジウム』はリリース後、口コミで評判が広がり、世界的成功を収めました。しかし、開発者たちはその成功をすぐに実感することができませんでした。Argoは、「好意的なレビューや受賞のニュースを見ながら、どこかの架空のキャラクターに起きていることのように感じられた」と語っています。
Robertは、Metacriticのスコアを確認したときの心境を「90点以上だったのに、喜びは一欠片も感じなかった」と振り返り、Helenはゲームアワードの授賞式でようやく「本当に大きなものになった」と気づいたといいます。
開発者たちは、商業的な成功よりも、リンチの『デューン』のようなカルト的な文化的転換点になることを願っていたと語っています。しかし、結果は彼らの想像を超えたものとなりました。