意外すぎる理由?東京競馬場が「左回り」になった背景に隠された鉄道会社の戦略
そもそもなぜ東京競馬場は「左回り」なのか?
競馬ファンなら誰もが知る「東京競馬場のコースは左回り」という事実。実はこれ、日本の競馬場としてはかなり珍しい設計であることをご存知でしたか?なぜ右回りが主流の日本で、あえて東京競馬場だけが左回りになったのか。そこには、1933年の移転時に深く関わっていた「ある鉄道会社の経営戦略」という、驚きの裏話が隠されていたのです。
競馬場誘致の影に鉄道あり?「鉄道起因説」の真相
かつて目黒にあった競馬場が府中へ移転する際、名乗りを上げたのが南武鉄道(現在のJR南武線)の野村龍太郎社長でした。府中に競馬場を誘致することで、自社の鉄道を利用客でいっぱいにしようという戦略です。当時の設計技師は、駅からのアクセスを最優先に考え、スタンドを線路に近い西側に配置しました。その結果、スタンドから見てスムーズにコースを配置しようとしたら、自然と「左回り」のレイアウトに落ち着いたのではないか――。これが、競馬ファンの間で囁かれる「鉄道起因説」です。
鉄道アクセスが競馬場の命運を分けた時代
当時はまだ車社会ではなく、いかに多くの観客を鉄道で運ぶかが競馬場運営の生命線でした。南武鉄道だけでは都心からのアクセスが弱かったため、競馬場側は貨物線を活用した新線の敷設まで目論んでいたといいます。今となっては当たり前の「東京競馬場の左回り」も、当時の鉄道建設やアクセスの利便性を追求した結果生まれたものだと考えると、レースの見方が少し変わってきそうですね。より詳しい歴史の裏話については、矢野吉彦さんの著書