「20歳まで生きられない」5歳で突きつけられた死の宣告。被爆二世が語る“語られなかった”原爆の記憶
「人生終わったな」5歳で知った過酷な現実と、無邪気だった子ども時代の記憶
「両親が被爆しました。だけど、2人とも原爆や戦争のことは一切話さなかった」。そう語るのは、広島で被爆二世として育った阿部雅治さんです。多くの被爆二世が直面してきた「親の被爆体験が語られない」という現実は、多くの家庭で共通の課題でした。阿部さんは5歳の時、心臓病を患い、医師から「20歳まで生きられない」という衝撃的な宣告を受けました。幼くして「人生が終わった」と感じるほどの絶望を味わいながらも、彼の記憶には、少し不思議で明るい思い出も残っています。
サンドイッチとコーヒーの記憶。ABCCが子どもたちに残したものとは
阿部さんが語る記憶の中で特に印象的なのは、被爆者の調査を行うために設置された機関「ABCC(原爆傷害調査委員会)」での出来事です。当時の子どもたちにとって、調査のために迎えに来るジープは少し特別な存在でした。「友達がうらやましがるから、半分得意な気持ちだった」と振り返る阿部さん。検査の合間に出されたサンドイッチとコーヒーの味は、今でも鮮明な記憶として残っています。当時の被爆者が抱えていた複雑な苦しみや、歴史の闇に隠されてきた被爆二世の葛藤について、ジャーナリストの小山美砂氏による著書