「父は写真の中の人だった」83歳語り部が戦地からの手紙に触れた、戦争の記憶と感謝
83歳の語り部が受け取った、父からの「愛のバトン」
終戦から79年。毎年8月15日の「全国戦没者追悼式」が近づくと、戦争の悲惨さを今に伝える取り組みが各地で行われます。今回ご紹介するのは、岡山市に住む近藤嘉也さん(83)の物語です。近藤さんは、昨年から戦争の記憶を伝える「語り部」として活動を始めました。彼が語り部になるきっかけ、それは亡き父が戦地から送った一通の手紙との再会でした。
「写真の中の人」だった父の本当の思い
近藤さんの父・英雄さんは、彼が生後1か月の頃に出征し、終戦直後に28歳という若さでビルマ(現ミャンマー)の野戦病院で命を落としました。近藤さんにとって、父は「写真の中の存在」に過ぎませんでした。幼少期は周囲に同じ境遇の友人も多く、「最初からいないもの」として心に蓋をしてきました。しかし、成長するにつれて「父親に叱られるような温かい関係」への憧れと寂しさを抱えることもありました。転機が訪れたのは昨年、語り部活動を始めたこと。活動のために自宅の押し入れに眠っていた手紙を読み返した時、そこには家族を想う父の深い愛が溢れていました。「嘉也を大切に育ててくれ」という一行に触れ、近藤さんは初めて父の温もりに触れたといいます。
「父がいたから、今の幸せがある」次世代へつなぐ平和のメッセージ
83歳になった今、近藤さんは「一般市民が一番つらい目に遭うのが戦争だ」と、自身の言葉で若い世代にメッセージを伝えています。今回の追悼式でも、亡くなった多くの人々へ祈りを捧げると同時に、天国の父へ「みんな元気にやっていますよ」と感謝の報告をする予定です。戦争を知らない世代が増える中、彼のような遺児が語り継ぐ記憶は、平和の尊さを考えるうえで非常に大きな意味を持っています。近藤さんは「元気なうちは語り部を続けたい」と力強く語りました。私たちが平和な日常を送れることの背景には、こうした一人ひとりの大切な物語があることを、改めて胸に刻みたいですね。
詳細な情報や、平和祈念館の活動については以下の公式サイトも参考にしてみてください。