「きょうは良い日でした」12歳の少女が遺した最後の日記。広島原爆で失われた日常と姉の葛藤
8月5日の日記に残された「一日一善」の誓い
8月6日、広島に投下された原爆。その惨劇から81年が経過しようとしています。多くの命が奪われたその日、爆心地近くで「学徒動員」として働いていた12歳の少女、石崎睦子さんが遺した日記が、いま改めて注目されています。日記には「8月5日晴れ今日は大変よい日でした。これからも一日一善ということを守ろうと思う」と綴られていました。何気ない日常の幸せを噛みしめていた少女の明日は、原爆によって永遠に奪われてしまったのです。
「じゃあね」が最後になった姉妹の別れ
睦子さんの1つ年上の姉・植田䂓子さん(94)は、今も仏壇に妹の写真を飾り、当時の記憶を抱き続けています。「きょうは大変良い日でした」と書き残し、いつもと変わらない笑顔で学校へ向かった妹。当時、二人が通っていた「県立広島第一高等女学校(第一県女)」の生徒たちは、激化する戦況の中、建物疎開などの過酷な作業へと駆り出されていました。あの日、一緒に家を出た姉妹は、最後になることも知らずに「じゃあね」と言葉を交わしたといいます。
223人が全滅した第一県女の悲劇と残された者の思い
8月6日午前8時15分、ピカーッという強烈な閃光と共に、広島の街は地獄と化しました。爆心地に近い場所で作業にあたっていた睦子さんら「第一県女」の生徒たちは、同級生223人が全滅するという悲劇に見舞われました。奇跡的に難を逃れた姉の䂓子さんは、帰らぬ妹を待ち続け、やがて戻ってきたのは小さな制服だけでした。「こんなに小さいのよね…」と語る䂓子さんの言葉には、81年経った今も癒えることのない深い喪失感と、二度と繰り返してはならない戦争への強い願いが込められています。
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