中島健人、過去の“淡い失恋”から得た「ずっと変わらない愛」とは?31歳の大人の変化を語る
元SexyZoneの中島健人さんが、雑誌ViVi1月号で自身の過去や音楽との向き合い方について語り、大きな反響を呼んでいます。31歳を迎えて、「人から非難されることや、NOを突きつけられたことが、自分を強く、優しくしてくれた」と語るケンティー。その言葉の背景には、小学生時代の“淡い失恋”や、ソロアーティストとして歩み始めた後の葛藤があったようです。
小学生時代の“失恋”が音楽との出会いへ
小学校6年生の時、好きだった女の子が引っ越してしまったという中島さん。“失恋”と呼ぶにはあまりにも淡い経験でしたが、その時、心にぽっかりと穴が空いたような感覚を覚えたと言います。その時、イヤホンから流れていたのはSMAPの『オレンジ』。
「あの子は、もうここにはいない」という歌詞に、当時の自分の気持ちが重なり、涙が止まらなかったそう。しかし、歌詞を聴き進めるうちに、喪失感から「ありがとう」という気持ちへと変化し、「出会えてよかった」という純度の高い愛に昇華されたと語っています。
この経験から、音楽の力に気づき、SMAPの『らいおんハート』を熱心に聴き、ピアノの弾き語りを始めたことが、その後の音楽活動の原点になったと明かしています。
ソロ活動で直面した批判と、生まれたダークな表現
ソロアーティストとして活動を始めた中島さんは、自身のやりたいことを否定される経験を初めて味わいました。「とてつもない数の言葉の矢が刺さってきて、心にたくさんの傷を負った」と語る苦しい時期を乗り越え、SexyZone時代には思いつかなかったようなダークな表現が詰まった楽曲『ピカレスク』が生まれたと言います。
「表現する人間にとっては、自分の不幸も葛藤も、すべてが糧になる」と語る中島さん。つらい経験を乗り越えた先に残る研ぎ澄まされた強さが、音楽を通して届けられるかけがえのない愛なのだと考えているようです。
大人の成長と、変わらない愛
31歳という年齢で、痛みや傷を糧に成長していく中島健人さん。過去の経験を振り返り、“ずっと変わらない愛”について考え続けたことが、今の彼を形作っていると言えるでしょう。今後のソロ活動にも、大いに期待が寄せられます。
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