東日本大震災15年:阪神淡路大震災の教訓は生かされた?カメラマンが見た被災地の15年
2011年3月11日に発生した東日本大震災から15年が近づき、被災地の復興は今も続いています。岩手県大船渡市在住のカメラマン、花崎和彦さんは、震災直後から復興の様子を記録し続けてきました。今回は、ラジオ関西の取材に応じた花崎さんのインタビューを基に、阪神・淡路大震災の教訓が東日本大震災の被災地でどのように生かされたのか、そして復興の道のりで何が残されたのかをレポートします。
阪神淡路大震災の教訓と「備え」の意識
1995年に発生した阪神・淡路大震災。花崎さんは、東日本大震災の際に、阪神淡路大震災の教訓が生かされた部分があったと語ります。自身の自宅では、震災発生時に停電や通信障害が発生しましたが、水や食料の備蓄、ラジオからの情報収集によって、当面の不安を乗り越えることができたといいます。
「備え」の意識は人によって異なり、全ての住民が十分な準備をしていたわけではありません。しかし、避難所では、暖房器具や毛布、食料などを互いに譲り合いながら生活する姿が見られ、地域コミュニティの力強さが発揮されました。
「3.11希望の灯り」が示す世代を超えた祈り
岩手県陸前高田市には、阪神・淡路大震災の被災者を勇気づけるために神戸で設置されたモニュメント「1.17希望の灯り」から分灯された「3.11希望の灯り」があります。花崎さんは毎年1月17日、発生時刻の5時46分に合わせてこの灯りの前で取材を行い、失われた命への祈りを捧げています。
「支援のために訪れたボランティアの方々、支援物資を送ってくれた多くの方々への感謝の気持ちを忘れないように、私も手を合わせる。また、陸前高田市にお住まいの方々も灯りの前で祈りを捧げている。訪ねてみるとやっぱり私と同じような思いで手を合わせているようだ。かつては年配の方々が多かった印象だが、昨年からは地元の中学生のみなさんも列に加わっている」と、世代を超えた祈りの輪に希望を感じていると語ります。
復興の道のりと「忘れず、恐れず、備える」こと
東日本大震災からの復興は、阪神・淡路大震災の経験を参考に進められました。しかし、津波被害の大きさや地形の違いから、嵩上げや防潮堤の整備などに時間がかかり、仮設住宅の解消も阪神淡路大震災の5年後とは異なり、10年後の2021年3月となりました。
仮設住宅の退去に伴い、地域や町内会はかつての賑やかさを失いましたが、花崎さんは、中高生が避難所の運営訓練を行ったり、主体的に伝承活動を行ったりする姿を見て、次世代への防災意識の継承に希望を感じています。
花崎さんは最後に、「『災害は忘れた頃にやってくる』という言葉はもちろん、まずは『忘れず、恐れず、備える』ということを伝えていくことが大切だ」と自身の経験を語り、真の復興に向けた被災地の姿を撮り続ける決意を新たにしています。