ミラノ五輪9個メダル獲得の裏側…日本スノーボード界の“原点”國母和宏とは?「あの事件」の真相に迫る
ミラノ五輪で9個のメダルを獲得し、絶好調を誇る日本スノーボード界。その礎を築いた國母和宏選手。しかし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。かつて「ヒール役」とまで呼ばれた彼の素顔と、日本スノーボード界に大きな影響を与えた「あの事件」の裏側を紐解きます。
スノーボード界のレジェンド、國母和宏の軌跡
北海道出身の國母和宏選手は、4歳からスノーボードを始めました。仲間とジャンプ台を作り、雪山を駆け巡る日々。その才能は幼い頃から開花し、14歳で世界最高峰のUSオープンで2位入賞を果たし、その名を世界に轟かせました。
2016年末には、アメリカの権威ある映像コンクールで「年間ベストビデオパート賞」を受賞。日本人初の快挙です。アラスカやカナダの山々で、ほぼ垂直の壁を滑り降りる命がけの映像は、スノーボード界に衝撃を与えました。
「日本の恥」と罵られた過去…「あの事件」とは?
しかし、國母選手は、そのカリスマ性とは裏腹に、過去に大きなバッシングを受けました。表参道のとあるカフェで取材に応じた國母選手は、礼儀正しく、柔和な表情で語ります。しかし、その切れ長の目には、緊張感が宿っていました。
國母選手の運命を変えた「あのとき」の出来事について、スノーボード仲間である石川健二選手はこう語ります。「2つの分野を、あれだけ極めた選手は世界でもそうはいない。なんで日本のメディアは彼のことをもっと取り上げないんですかね。やっぱり、あのときのことがまだあるのかなと思っちゃいますよね……」
國母選手が巻き起こした「事件」の真相とは?記事本編では、その詳細が明らかにされています。
平野歩夢も語る「國母へのリスペクト」
ミラノ五輪で2カ所骨折という大怪我を乗り越え、魂の演技を見せた平野歩夢選手も、國母選手へのリスペクトを口にしています。國母選手が築き上げたスノーボードの礎があったからこそ、今の日本スノーボード界の躍進があると言えるでしょう。