日本最高齢だった111歳が遺した「戦争の記憶」―「いつまでも記憶しとくもんじゃない」という真意とは
111歳で永眠。激動の時代を駆け抜けた水野清隆さんの人生
今年2月、111歳という天寿を全うされた水野清隆さん。かつて日本国内最高齢の男性として注目を集めた彼は、大正、昭和、平成、令和と4つの時代を生き抜いた「生きる歴史」そのものでした。1914年(大正3年)生まれの水野さんは、日本史の教科書にも載るような重大事件の渦中にいた経験を持っています。20歳で軍の最精鋭である近衛兵となった彼が語ったのは、教科書には載っていない「個人のリアルな記憶」でした。
「2・26事件」の現場で見た混乱と、海に投げ出された戦地
水野さんが経験した「2・26事件」は、1936年に起きた日本近代史上最大のクーデターです。当時、近衛兵として陸軍省の警備にあたっていた水野さんは、当時の様子を「岡田総理大臣と間違えられて秘書官が殺されるなど、大変な混乱だった」と振り返りました。さらに太平洋戦争中には、フィリピン沖で乗船が魚雷攻撃を受け、海へ飛び込むという生死の境目を経験しています。「竹の棒に掴まって生き延びたが、多くの仲間が海で亡くなった」と語るその言葉からは、当時の過酷さがひしひしと伝わってきます。
「いつまでも記憶しとくもんじゃない」という重みある言葉
戦後81年が経過し、戦争体験者が減りゆく今。水野さんはインタビューの中で、戦争の記憶について「いつまでも記憶しとくもんじゃないで」と静かに語りました。これは決して過去を軽視しているわけではなく、「戦争の惨禍を繰り返してはいけない」という願いと、壮絶な体験を乗り越え、長く平穏な人生を歩んできたからこその境地とも言えるでしょう。激動の時代を駆け抜けた先人が残したこの言葉は、平和な現代を生きる私たちへの大切なメッセージとして、これからも長く語り継がれるはずです。