「行きは一等船、帰りはみじめ…」終戦から81年、89歳女性が語る壮絶な引き揚げの記憶
華やかな渡航から一転。89歳が見た「引き揚げ」の過酷な現実とは
太平洋戦争の終戦から81年。かつての日本の植民地であった朝鮮半島や中国大陸などから、戦後に日本へと戻った「引き揚げ者」はおよそ319万人にのぼります。平和な日常がある日突然壊され、極限状態での帰国を強いられた人々。金沢市に住む野村浩子さん(89)が、幼い頃の記憶を辿りながら、二度と繰り返してはならない「戦後の過酷な現実」を語ってくれました。
幼少期を過ごした朝鮮半島、軍国教育と穏やかな日常の狭間で
1943年夏、植物学者だった父の転勤により、当時東京に住んでいた野村さん一家は朝鮮半島の水原(スウォン)市へ渡りました。現地の日本人学校に通い、朝鮮の文化であるオンドル(床下暖房)のある部屋で暮らすなど、当時の野村さん姉妹にとってそこは「穏やかな日々」の舞台でした。しかし、その背後には「欲しがりません、勝つまでは」といった軍国主義の教育が浸透しており、幼い心にも戦争の足音は確実に忍び寄っていました。
終戦の知らせ、そして「死」が隣り合わせの混乱期へ
「お父さんが包丁で手首を……」。終戦を知った日の記憶について、妹の明子さんは同級生が語ったあまりに衝撃的なエピソードを振り返ります。かつて「一等船」で華やかに渡った地から、敗戦によって失うものの大きさ。そして、多くの民間人が巻き込まれた歴史の爪痕。野村さんが30年にわたり続けてきた支援活動は、当時の経験を風化させないという強い使命感に基づいています。81年が経った今だからこそ、私たちは戦禍をくぐり抜けた人々の言葉に耳を傾け、平和の尊さを次世代へ語り継ぐ必要があるのではないでしょうか。
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