「自分を年寄りと思ったことはない」岸惠子さんが貫いた“老けない”生き方。黒柳徹子が語るその素顔
壮絶な戦争体験が教えてくれた「今日で子供はやめよう」という決意
黒柳徹子さんが自身の連載で、先日この世を去った名女優・岸惠子さんとの思い出を振り返りました。二人の会話のなかで特に印象的だったのが、岸さんが12歳の頃に経験した壮絶な戦争体験です。横浜空襲の際、空を埋め尽くすB-29の姿を「美しい」と感じ、大人たちの制止を振り切って木に登ったというエピソード。防空壕にいた人々が亡くなる中、奇跡的に命が助かった岸さんは、その瞬間に「もう今日で子供はやめよう」と心に誓ったといいます。この出来事が、その後の芯の強い生き方を形作る大きな転換点となりました。
103歳で現役農家!「戦争を経験したからこそわかる」長崎の最高齢男性が語る平和の尊さ
103歳でトラクターを操る!驚きの長寿の秘訣とは
長崎県平戸市に住む宮﨑孚爾(たかじ)さん(103)は、現在、平戸市内の最高齢男性です。103歳という年齢を聞くと、介護施設でゆっくり過ごされているイメージを持つ方も多いかもしれませんが、宮﨑さんは違います。なんと、現役でトラクターを操り、自宅前の畑を自ら耕しているのです。水菜や白菜などを育てる自給自足の生活を送り、「野菜を買ったことはない」と笑う姿は驚くほどパワフル。さらに、月3回はカラオケ教室に通い、北島三郎さんの曲を熱唱するほどエネルギッシュな日々を送っています。
「死ぬまで生涯現役」103歳で自転車修理を続けるプロが教える、人生100年時代の生き方
103歳で現役!「石井サイクル」店主に学ぶ、好きなことを続ける力
「人生100年時代」という言葉が定着しましたが、実際に100歳を超えてもなお、現役で活躍し続けている人がいます。今回ご紹介するのは、東京都墨田区で90年以上も自転車修理を続けている石井誠一さん。103歳という年齢で今なお、朝から夕方まで店に立ち続ける彼の姿からは、「長生きの秘訣」のヒントがたくさん見えてきます。
81年前の「学校の先生」は違った…沖縄戦のカラー化写真が明かした100歳女性の真実
一枚の写真から始まった、歴史の記憶を辿る旅
81年前の沖縄戦。激戦地となった伊江島で撮影された一枚の写真は、長年「子どもを並ばせる先生」と説明されてきました。しかし、その写真のカラー化をきっかけに、100歳の当事者による驚きの真実が明らかになりました。現在、沖縄の歴史をカラー化写真で発信するホリーニョさん(
「同じ苦しみを繰り返さないで」4歳で被爆、戦災孤児として生きた牧原清子さんの願い
「この世の光景とは思えなかった」4歳で経験した被爆の地獄
終戦から81年。戦争体験者が高齢化し、当時の記憶を語れる人が年々減少しています。そんな中、大阪府守口市原爆被害者の会会長を務める牧原清子さん(85)は、自身の壮絶な体験を次世代に伝え続けています。牧原さんが4歳の時に遭遇した広島への原爆投下。爆心地から約2キロの地点で被災した彼女は、皮膚が垂れ下がった人々や、積み上げられて焼かれる遺体という「地獄」のような光景を目の当たりにしました。薬もない中で、すりつぶした野菜を塗るしかなかった叔母のケロイドの痛み。牧原さんは「原爆は人間の行為ではない。二度と核兵器を使ってはならない」と、力強く訴えかけています。
16歳の高校生が誓う「平和のバトン」 祖父と共に歩む、戦争を語り継ぐ決意
戦争を知らない世代へ、届いた「平和への想い」
8月15日の終戦記念日、日本武道館で行われた「全国戦没者追悼式」。厳かな雰囲気の中、一人の女子高校生が平和への誓いを込めて献花を行いました。新潟県長岡市から参列した、高校2年生の金井里紗さん(16)です。彼女が今回、この式典に参列することを決めた背景には、祖父である勲さん(86)との深い絆と、決して忘れてはならない「家族の物語」がありました。
「戦争をすれば、犠牲になるのは自分たち」84歳の遺族が語る、戦争の記憶と平和への願い
一度も会えなかった父。戦後81年を迎えて抱く危機感とは
8月15日の「終戦の日」を前に、全国戦没者追悼式で遺族代表を務める金森武士さん(84歳)が取材に応じました。金森さんが生後わずか1週間で出征し、フィリピンで戦死した父・伊作さんの記憶をたどりながら、今の社会へ「戦争の風化」に対する強い危機感を語っています。
【終戦の日】高市首相の式辞に波紋。「反省」から「希望」へ、安倍路線を継承した政治姿勢とは
「反省」という言葉が消えた戦没者追悼式
8月15日の「終戦の日」に開かれた全国戦没者追悼式。高市早苗首相の式辞が、例年とは大きく異なるトーンだったとして注目を集めています。前任の石破茂前首相が式辞で用いた「反省」という言葉を、今年はあえて選ばなかったのです。その代わりに並んだのは、「頼りにされる国に」「希望を持てる日本を創る」といった、明るい未来を強調する言葉の数々でした。
高市早苗首相の式辞に変化?「繰り返させない」に込められた真意を読み解く
「繰り返さない」から「繰り返させない」へ――1文字の変更が意味すること
8月15日、81回目の「終戦の日」を迎えた日本武道館での全国戦没者追悼式。高市早苗首相が述べた式辞の一節に、SNSや政界で注目が集まりました。これまで歴代首相が使ってきた「戦争の惨禍を繰り返さない」という言葉を、高市首相はあえて「戦争の惨禍を繰り返させない」という表現に変えたのです。この「使役」の形に変わったたった一文字に、専門家からは「歴史認識が反映されているのではないか」という指摘が上がっています。
「手を振ったら機銃掃射が…」15歳が見た“平和なナシ園”を襲った米軍機の恐怖
あの日、15歳の少年が目撃した残酷な日常
「米軍機に向かって手を振ったら、突然の機銃掃射が始まった――」。当時の記憶をそう語るのは、鹿児島県さつま町に住む三浦哲郎さん(96歳)です。1945年7月、日本中が戦火に包まれる中、当時15歳だった三浦さんは、宮之城農蚕学校のナシ園で実習を行っていました。空に現れた戦闘機を「敵」と認識していなかった少年たちは、好奇心から思わず手を振ってしまったといいます。しかし、次の瞬間、静かな空は「ヒュー、ヒュー」という曳光弾(えいこうだん)の音と、逃げ場のない恐怖に塗り替えられました。