『北斗の拳』誕生秘話!武論尊氏が語る“繰り上げ当選”の裏側と名作への道のり
漫画史に残る大ヒット作『北斗の拳』。その誕生秘話が、原作を手がけた武論尊氏の新著『悪と嘘を描く武論尊の漫画原作私論』(小学館新書)で明かされました。今回は、その内容を元に、『北斗の拳』がどのようにして生まれたのか、その裏側を深掘りしていきます。
まさかの“繰り上げ当選”!武論尊氏が原作者に決まるまで
『北斗の拳』の原作者に武論尊氏が決定するまでには、意外な経緯がありました。当時、作画を担当した原哲夫氏の濃密な絵柄は、作画に時間がかかるため、原作者を立てる必要があったのです。しかし、当初の本命候補による原作は、編集担当の堀江信彦氏(現・コアミックス代表取締役)のイメージに合わずボツに。他の候補も同様に難航し、結果的に武論尊氏が“繰り上げ当選”という形で原作者に抜擢されたのです。
核戦争後の近未来…舞台設定へのこだわり
原作を引き受けるにあたり、武論尊氏は編集者の堀江氏に対し、ある条件を提示しました。それは、主人公の肉体から生み出される拳法を最大限に活かすために、近代的な武器のない時代設定にする必要があるというものでした。核戦争で文明が滅びた後の近未来という舞台設定を提案し、堀江氏の理解を得ています。
『マッドマックス2』から生まれたケンシロウ像
原哲夫氏が当時映画『マッドマックス2』(1981年公開)の世界観をこよなく愛好していたことも、作品に大きな影響を与えました。無慈悲な荒野を旅する主人公というイメージは、後のケンシロウ像へと繋がっていきます。武論尊氏は、この時、ケンシロウのイメージが明確に固まったと語っています。
名作を生み出した舞台設定と二人の熱量
武論尊氏は、『北斗の拳』の成功要因の一つとして、舞台設定の巧みさを挙げています。自身の提案を受け入れてくれた堀江氏の度量と、原哲夫氏の熱量が、この名作を生み出したと述べています。第1話は巻頭ブチ抜きの46ページという異例のボリュームで読者を魅了し、第2話ではわずか2日で23ページを作り直すという意地の張り合いがあったことも、作品のクオリティを高める原動力になったと言えるでしょう。
40年以上経った今もなお、新作アニメが公開されるなど、愛され続ける『北斗の拳』。その誕生秘話を知ることで、作品への理解がさらに深まるはずです。