「もうこれ以上はできない」樋口新葉が明かす22年間の葛藤と“自分への誓い”
3歳から始まった氷上の物語。勝つことへのこだわりが彼女を強くした
2025年12月、現役最後の舞台となった全日本選手権のフリー演技後、樋口新葉選手は氷上に大の字になって寝そべりました。22年間のスケート人生を締めくくるその瞬間、彼女は心の中で「もうこれ以上はできない演技だったな」と確信したといいます。3歳でスケートを始め、幼稚園の頃から「1番を目指したい」という負けず嫌いな性格で、トップスケーターへの階段を駆け上がっていった樋口選手。その原動力は、「勝つことへの強いこだわり」と、幼少期から積み重ねてきた妥協なき練習でした。
「悔しさ」を糧に変えた平昌五輪の落選。北京五輪への覚悟
順風満帆に見えたキャリアにも、大きな挫折がありました。平昌五輪の代表選考会で4位となり、あと一歩で切符を逃した時の悔しさは、今も鮮明です。しかし、彼女はそこで立ち止まりませんでした。敗因を「自分のミス」「計画性の欠如」と冷静に分析し、北京五輪に向けてトリプルアクセルという高い壁に挑戦することを決意。「もし北京五輪に行けなかったらスケートを辞める」というほどの強い覚悟を持ち、失敗を恐れずに試合で挑み続けた姿勢は、多くのファンの心を打ちました。
「毎日200回、自分に言い聞かせた」夢を掴むためのマインドセット
高度な技を習得する裏側で、彼女が実践していたのは驚くべきメンタルケアでした。「毎日“私は跳べる”って200回言って寝ました」と語るエピソードからは、技術向上と同じくらい、自分自身を信じ抜くことの難しさと大切さが伝わってきます。輝かしい栄光の裏には、人知れず自分と向き合い、痛みを抱えながらも氷に立ち続けた日々がありました。樋口新葉選手が歩んできた競技人生の詳細は、発売中の