元中日・板東英二さんが86歳で死去 宮根誠司が明かした「副業人生」が始まった驚きの理由とは
伝説の高校球児からタレントへ、波瀾万丈な86年の生涯
元プロ野球選手で、タレントや実業家としても幅広く活躍した板東英二さんが、22日に慢性心不全のため亡くなったことが28日に発表されました。86歳でした。徳島商時代には、夏の甲子園で1試合25奪三振、1大会83奪三振という驚異的な記録を打ち立て、その記録は現在もなお破られていません。プロ野球引退後は、その親しみやすいキャラクターでバラエティ番組に欠かせない存在となり、一方でジュークボックスの訪問販売やサウナ経営など、実業家としての顔も持っていました。
契約金2000万円が消滅?副業を始めた意外なきっかけ
公私ともに親交の深かったフリーアナウンサーの宮根誠司さんは、MCを務める『情報ライブミヤネ屋』で故人を追悼しました。宮根さんは、板東さんがかつてプロ入りした際の契約金が2000万円という破格の金額だったというエピソードを紹介。「名古屋駅から見える土地を買えるくらい」と語っていたほどの高額な契約金でしたが、それがすべて失われてしまったと明かしました。宮根さんによると、板東さんが預けていた契約金を父親が株で失ってしまったことが、板東さんのその後の「副業人生」が始まるきっかけだったといいます。
「これだけ精力的に動いた人はいない」宮根誠司が語る素顔
多くのビジネスを成功させながら、激動の人生を歩んだ板東英二さんに対し、宮根さんは「これだけ一生懸命に働いて、精力的に動いた人は見たことがない」と、その生き様を称えました。甲子園のヒーローからプロ野球選手、そしてタレントへ。さらには実業家としてバイタリティ溢れる生涯を駆け抜けた板東さん。多くのファンや関係者が、その死を悼んでいます。詳細は公式サイトの