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人も馬も育てた名伯楽・国枝栄調教師が定年 「石橋を叩いても渡らない」慎重さが支えた1121勝の軌跡

投稿日:2026年02月24日

3月3日に70歳で定年を迎える国枝栄調教師。JRA通算1121勝、G1レース22勝(23日現在)という圧倒的な実績を残した競馬界のレジェンドが、その長年のキャリアに別れを告げます。今回は、国枝師の人馬育成の哲学と、その根底にある慎重さについて深掘りします。

「一流のリーダーは人を残す」 国枝師を囲む熱い送別会

トレセン全休日の23日、国枝厩舎から巣立った勢司奥村武宮田加藤士の4調教師が、師匠の送別会をサプライズで開催。栗東から駆けつけた元所属ジョッキーの国分優氏も参加し、思い出話に花を咲かせました。

奥村武師は「国枝厩舎ほど風通しの良い厩舎はないと思いますよ。先生にも言いたいことが言える。雰囲気がとっても良かった」と振り返ります。国枝師の下では、マツリダゴッホ(有馬記念)、ピンクカメオ(NHKマイルC)、マイネルキッツ(天皇賞・春)、そしてアパパネ(牝馬3冠)など、数々のG1ホースが誕生しました。

「無理だけはさせない」国枝イズムに込められた愛情

奥村師の脳裏に深く刻まれているのは、重賞勝ちのなかったマイネルソロモンの05年香港遠征。レース直前に微熱が出た際、国枝師は周囲の意見を押し切って出走を回避しました。「マイネルの会員さんたちも香港に応援に来ていたし、ぎりぎりまで様子を見るという選択肢もありましたが、国枝先生は“いや、やめる!”と即断しました。無理だけはさせない。徹底していました。故障につながる恐れがあることは絶対にやらない。先生に教わったことです」。

このエピソードは、国枝イズムを象徴するもの。獣医師の資格を持つ国枝師は、石橋を叩いても渡らないほどの慎重さで馬の健康を第一に考えていました。藤沢和雄氏も「獣医師の資格を持つ調教師には石橋を叩いても渡ろうとしない慎重派が多い」と語っています。

「塞翁が馬」を地で行く名牝・アーモンドアイ

アーモンドアイの香港遠征も、微熱で回避したことで翌年の天皇賞・秋、ジャパンC連勝につながったというエピソードがあります。国枝師の座右の銘である「塞翁が馬」を地で行くような出来事でした。

国枝師は、一流のリーダーは人を残すだけでなく、超一流のトレーナーは人も馬も残すという言葉通り、多くの優秀な調教師名馬を育ててきました。その人馬育成の哲学は、これからも競馬界に長く語り継がれるでしょう。

送別会では、国枝師は「またやろう!現役調教師のおごりで」とおちゃめな締めのあいさつをしました。気が置けない師弟の笑い声が、会場を優しく包み込みました。

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