能登半島地震の復興支援に奔走する男性 東日本大震災で避難所生活を送った経験から「少しでも力に」
2024年能登半島地震の復興支援に、過去の経験を胸に奮闘する男性がいます。東日本大震災で避難所生活を送った岩手県山田町の職員、福士悠太さん(26)です。自身の経験を活かし、被災地の復興に貢献しようと、日々精力的に活動しています。
東日本大震災から復興支援へ 少年時代の経験が原点
福士さんは現在、石川県輪島市の市役所に応援職員として派遣され、地震で被災した建物の公費解体事業を担当しています。「恩返しではないですが、少しでも返せればな」という強い思いで、復興の現場に立ち尽くしています。
福士さんが町の職員を志したきっかけは、東日本大震災でした。当時小学5年生だった彼は、自宅が津波で流され、地域の大沢小学校の避難所で生活。避難した人たちを励ます学校新聞の制作に携わりました。多くの支援への感謝を伝える記事を掲載した経験から、復興に関わる仕事に就きたいと強く思うようになったのです。
被災地の状況はそれぞれ 経験を活かした復興支援
公費解体事業を共に担当する端圭一郎さんは、2014年から1年半、山田町役場で勤務していました。今回は応援される立場として、福士さんの活動を支えています。「これだけ事務がたくさんありますので、本当に助かりました」と感謝の言葉を述べています。
福士さんが輪島市で感じたのは、災害による被害状況や復興の道筋が、東日本大震災時とは異なる点です。「東日本大震災のときは津波が来た区域全部が被災を受けていましたが、能登半島の場合は、残っている家もあれば、被災を受けている建物もある」と、状況に応じた対応の必要性を語ります。
復興へのスタートラインへ 被災者の思いを胸に
輪島市の公費解体は、離島や道路が開通していないなどの理由で一部未着の案件を除き、昨年末に終了。ようやく復興に向けたスタートラインに立つことができました。福士さんは「誇りを忘れずに、絶対復興させてやるっていう思いで東日本(大震災)を経験した人たちは生活していたと思いますし、能登半島で被災した方も同じ気持ちでいると思うので、だからこそ、復興したいっていう思いに自分たちが少しでも力になれるのであれば、なりたいな」と、力強い言葉で決意を表明しています。
東日本大震災で傷ついたふるさとの再生を見つめてきた福士さん。恩返しの気持ちを胸に、能登半島の復興に貢献する姿は、多くの人々に希望を与えています。