佐藤駿選手、羽生結弦さんの想い受け継ぎ銅メダル!地元・東北への「恩返し」に「演技で返していきたい」
ミラノ・コルティナオリンピックで2つのメダルを獲得したフィギュアスケートの佐藤駿選手(宮城県仙台市出身)が、地元・東北への深い思いを語りました。団体銀メダル、男子個人銅メダルの裏には、羽生結弦さんから受け継いだ復興への想いがありました。
「仙台とたくさんの方の応援への恩返し」
「仙台とたくさんの方の応援をいただいたので、恩返しの演技ができたかな」と佐藤選手。銅メダル獲得の喜びとともに、故郷への感謝の気持ちを率直に語りました。5歳でフィギュアスケートを始め、小学生で3回転ジャンプを習得した佐藤選手にとって、羽生結弦さんは憧れの存在でした。
「自分も将来こうなれたらいいなと思いながら練習を共にしていました」と振り返りますが、佐藤選手が7歳の時に東日本大震災が発生。一時的に地元を離れ、大好きなフィギュアスケートも中断せざるを得ない状況となりました。
震災経験が教えてくれた「当たり前じゃない」という意識
「それまで(スケートが)できて当たり前の環境だったので、震災を経験して、できるのは当たり前じゃないと改めて気づかされました」と当時を振り返ります。そんな東北に希望を与えたのが、2014年ソチオリンピックでの羽生さんの金メダルでした。
「リンクのテレビで見ていて、リンク全体が盛り上がっていた」と佐藤選手は語り、「改めて羽生さんのようなスケーターになりたい。そこから自分もオリンピックという舞台を目指したいと思った」と、羽生さんの活躍が自身の目標設定に繋がったことを明かしました。
羽生結弦さんの地元愛を受け継ぎ、未来へ
羽生さんは1月に、宮城のリンクに約5400万円を寄付するなど、復興活動を積極的に続けています。「リンクに寄付をされている姿を見て、本当に地元思いというか、自分もそういうことができる選手になれるよう頑張っていきたい」と、羽生さんの地元愛を受け継ぎ、自身の成長を通じて復興に貢献したいという強い意志を示しました。
平昌オリンピックの【SEIMEI】から得たインスピレーション
初のオリンピックでは、羽生さんが平昌オリンピックのフリースケーティングで滑った【SEIMEI】を見て演技に向かった佐藤選手。「五輪のイメージをつかんでから本番に臨もうと思って」。その結果、4回転ジャンプを全て着氷する渾身の演技を見せ、見事銅メダルを獲得しました。
震災から15年、感謝の気持ちを演技で表現
東日本大震災から15年が経ちますが、佐藤選手は「長いようで短かったようなっていう感覚ですが、あの時の経験がすごい今にも通じる部分があると思う。これからも地元への感謝を忘れないように、そして自分の演技でそれを返していけるように、心に残る演技を目指して頑張っていきたい」と、感謝の気持ちを演技で表現していく決意を新たにしました。