皐月賞馬ダイワメジャー、25歳で逝去 元管理の上原博之調教師が追悼「多くの幸せを届けてくれた」
2004年の皐月賞を制覇し、多くのファンを魅了したダイワメジャーが、25歳で静かに息を引き取った。元管理調教師である上原博之氏(68)が、その訃報に深い悲しみを滲ませ、思い出を語った。
突然の訃報に驚きと感謝
「今朝、社台スタリオンステーションから連絡がありました。前日までは元気だったそうですが、突然のことで驚いています。」と上原氏は語る。25歳という年齢は馬にとって長寿であり、怪我や病気を患わずに生涯を終えたことを「大往生」と表現した。
ダイワメジャーは、3歳時の皐月賞制覇後、のど鳴りの手術を乗り越え、その後もGⅠレースを4勝するなど、輝かしい実績を残した。上原氏は、「3歳時に皐月賞を勝って、のど鳴りの手術をしたあとにもGⅠを4勝。馬自身は長い距離でも大丈夫でした。」と、その才能と強靭さを称えた。
記憶に残る有馬記念と妹・ダイワスカーレットとの対決
引退レースとなった2007年の有馬記念では、3歳下の妹ダイワスカーレットとの、最初で最後の対決が実現。妹が2着、兄が3着という結果は、競馬ファンにとって忘れられない名場面となった。
「そうだね。妹のスカーレットも活躍したし、あの当時は大城敬三オーナー(故人)も楽しんでくださっていたと思います。」と上原氏は当時を振り返る。現在でもダイワメジャーのファンは多く、先日の中山競馬場で色紙にサインを求められる場面もあったという。
種牡馬としても輝かしい足跡
ダイワメジャーは、種牡馬としても数々のGⅠホースや後継の種牡馬を輩出し、競馬界に大きく貢献した。「種牡馬になってからも数々のGⅠホースや後継の種牡馬を出しているし、本当に素晴らしい馬でした。」と上原氏は、その功績を高く評価している。
ダイワメジャーが残した足跡は、上原博之調教師の胸に深く刻まれている。多くの人々に幸せを届けてくれた、偉大な競走馬の死を悼み、上原氏は感謝の言葉を述べた。
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