電撃復帰の裏側…坂口征二が語る、幻の柔道金メダルとプロレスへの道
2003年、突如としてリングに舞い戻った坂口征二。引退後、社長・会長としてプロレス界を裏方から支えていた彼が、まさかの復帰戦を果たした時の衝撃は今も鮮明です。しかし、その舞台裏には、柔道での幻の金メダル、そしてプロレスへの熱い想いが隠されていたのです。
1964年東京五輪、高山善廣との激闘が生んだ挫折
坂口征二といえば、柔道の世界でもその名を轟かせました。1964年の東京五輪では、100キロ級で高山善廣選手と激しい戦いを繰り広げ、勝利を目前まで迫りました。しかし、惜しくも判定で敗れ、金メダル獲得はなりませんでした。この時、坂口は腰の古傷を悪化させてしまい、代表入りを逃すことになります。
その後、高山選手との再戦は実現。世界選手権でも激突しましたが、再び優勢負け。銅メダルに終わりました。柔道での目標を失った坂口は、25歳の誕生日にプロレスへの道を選んだのです。
2003年、高山善廣との抗争が引き金となった電撃復帰
時は流れ、2003年。坂口征二は新日本プロレスの立会人としてリングに登場します。蝶野正洋と高山善廣のIWGPヘビー級選手権、新日本プロレス初の金網デスマッチ。試合は激しさを極め、高山選手が蝶野選手を追い詰めます。高山選手が坂口に試合停止を訴えるも、坂口は拒否。その結果、高山選手は死に体となった蝶野選手を投げ捨て、勝利を宣言します。
しかし、スリーパーホールドを解かない高山選手に激怒。スーツ姿のままリングに飛び込み、高山選手に蹴りを食らわせ、腰投げを敢行。この行動が、坂口征二の電撃復帰へと繋がったのです。
燃えよ!荒鷲!復帰戦の熱狂と、その後の葛藤
9月14日、名古屋レインボーホール。「燃えよ!荒鷲」のテーマ曲が鳴り響き、白い柔道着に身を包んだ坂口征二が長男・征夫、次男・憲二に支えられながら入場します。復帰戦では、払い腰、体落とし、アトミックドロップなど、現役時代の技を披露し、勝利を掴みました。
しかし、その後の試合では、中邑真輔選手に敗れ、これが最後の試合となりました。坂口征二は、復帰の充実感と同時に、猪木さんの存在を惜しむ言葉を残しています。
柔道金メダリスト、ウルフアロンの登場
そして現在。2024年1月4日の東京ドームでは、柔道金メダリストのウルフアロン選手がプロレスデビューを果たし、逆三角絞めで勝利を収めました。日本人初の柔道金メダリストによるプロレス転向は、大きな話題を呼んでいます。
坂口征二が目指した金メダル、そしてプロレスへの情熱。その想いは、ウルフアロン選手へと受け継がれているのかもしれません。
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